後編[中学受験対談]「実は親子二人三脚が失敗するケースは多い」

中学受験というテーマを全く違ったアプローチで描いた、おおたとしまささんの『勇者たちの中学受験』(大和書房)と尾崎英子さんの『きみの鐘が鳴る』(ポプラ社)が話題となっています。昨年、子どもの中学受験を経験した尾崎さんと、多くの中学受験家庭を見てきたおおたさんの対談(前編はこちら)。後編は、父親が熱くなってしまうと言われがちな理由や、親子の二人三脚の正しいあり方についてお届けします。

■前編の記事は〈こちら〉

——『勇者たちの中学受験』だけでなく、漫画『二月の勝者』(小学館)にも受験に熱中して時に子どもを傷つけてしまうような父親が出てきますが、おおたさんが多くの家庭を見ていて、父親の方が熱くなりがちといったことはあるのでしょうか?

 

おおた: おそらく数で言うと、母親から子どもへのケースが圧倒的に多いと思います。それが表に出にくいだけであって。ジェンダーバイアスもあって、父親が教育熱心で熱くなっていると目立つんでしょうね。ただ、彼らが闇に陥りやすいとすれば、不安だからだと思うんですよね。自分自身が一家の大黒柱として社会に出て稼ぎや評価を比べられて、競争社会の中で揉まれて常に不安を感じている。その不安を子どもに投影してしまっているという構図だと思います。それならワーキングマザーも同じじゃないの?と思うけど、そこはやっぱりジェンダーバイアスがあって、大黒柱にならなきゃと思い込んでいる男性はまだまだ多い。男性の方が不安をより強く感じやすい社会構造になっていて、我が子には辛い思いをさせたくない、少しでも強い武器を持たせて世に送り出したいという思いがある。さらに、娘ならそこそこでもいいと思えても、息子にはできるだけ強い武器を持たせたいとつい思ってしまう。ジェンダーバイアスが強い家庭ほどそうなりがちなんだと思います。

 

尾崎: 自分自身を振り返って思うのは、料理を作ったり家事をしていると冷静になれるんですよね。栄養バランスを考えて今日は何を作ってあげようかなとか、シチューが食べたいって言ってたなとか、スーパーに買い物に行って食材を選んだりする、その時間が冷静にさせるんです。感情がアップダウンしても、お風呂を沸かしたりご飯を作る時間がブレーキになって、普段どおりの親子関係に戻れる。一般的に父親はその時間があまりないから、ヒートアップしがちなのかもしれません。だから、家事をする父親なら、ふと冷静になれたりするんじゃないかなと。

 

おおた: なるほど、それって面白いですね。

 

 

——おおたさんもかつては中学受験生の父親でしたが、どんなスタンスだったのでしょうか?

 

おおた: 僕は完全にノータッチで塾にお任せしていました。『勇者たちの中学受験』のエピソードⅢに出てくる塾と同じで、塾で勉強させますから家では寛がせてくださいというスタンスの塾だったのもあって。実は、僕も最初は、上の子の時に関わろうとして、傷つけてしまったことがありましたよ。親も失敗しながら成長するんだと思います。

 

 

——入試直前期、塾との関係で気をつけた方がいいことはありますか?

 

尾崎: 塾によって距離感が全然違いますよね。大手塾の中には先生に電話しても必ず事務の方に折り返しますと言われるようなところもあるようですね。個人塾は連絡が取りやすいし、相談もしやすいのかなと。塾のカラーによって、泣きつけるか泣きつけないかは大きいかもしれません。さらに言えば、それぞれの先生との距離感にもよるのかなと。受験スケジュールに関して言えば、2月1日の午前はほとんどの子が本命校を受験して、1日午後校は絶対に取れる学校を受験して合格を持っておいて、2日以降はトライしたい学校を入れていくのが一般的だと、私は塾の先生から聞きました。学校によっては合否がその日の夜にわかるところもあるので、できれば1日で終われるのがベストですよね。我が家の話をすると、まったく予定どおりには進みませんでした。その最中にいる時は、あたふたしましたが、たぶん受験ってそういうものなんでしょうね。あらかじめそういう気持ちでいれば、どんな展開になっても動じないでいられるのかもしれません。

 

 

——中学受験は親子の二人三脚とも言われていて、親がしっかり伴走して志望校に合格したというストーリーを見聞きすると、自分もと頑張ってしまう親が多いのかなと思うんですが。

 

おおた: 僕は失敗しているケースの方が圧倒的に多いと思う。たまたま成功している人がブログやSNSで声高に書くから目立つけど、手を出して上手くいっている方が少ないと思いますよ。合格体験記と同じで、第一志望に合格する子の方がはるかに少ないわけですから。親ががっつり伴走したから上手くいくなんていうのは錯覚ですよ。

 

尾崎: 親の立場で書かれた指南書もたくさんありますが、そういう方たちは実は教育のプロだったりして、素人が下手に真似しようとするとつらくなってくることもあると思います。そこに感化されてしまう親の気持ちもわかるけど、私にはできないとわかったらすんなり引くことが大事なのかなと。

 

 

——直前期にかかわらず、受験生の親として一番大事にすべきことは何だと思いますか?

 

尾崎: 親子は親子であって指導者と生徒じゃない、そのことを忘れてはいけないと思いました。先輩と後輩くらいの感覚を持つことが大事でしょうか。親は人生の先輩ではあるからアドバイスしてあげられることはあるけど、あくまでも自分ではない、他者の受験なんだと認識する。私もラストスパートでは、自分とは違う人間の人生を決める受験なんだと肝に銘じられてよかったと感じています。

 

おおた: もうここまで来たら、親はじたばたしないで、夫婦で仲良くおいしいものを食べてリラックスしてくれているのが、子どもにとってはいちばんありがたいんじゃないかと思いますけどね。

<作品紹介>

『勇者たちの中学受験』(大和書房)

おおたさんが取材をした3家庭の入試直前期における親子の焦りや不安、夫婦のすれ違いを生々しく描きながら、塾名や受験校もすべて実名で綴った、話題沸騰中の衝撃のノンフィクション。これから中学受験に臨む家庭には必読の一冊。

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『きみの鐘が鳴る』(ポプラ社)

地元密着型の中学受験塾「エイト学舎」を舞台に、小6の4人が受験に立ち向かう姿を子どもたちの目線で描いた小説。親の言動を子どもがどう捉えているのか、その繊細な描写にドキッとする場面も。合否に関わらず、目標に向かって努力する子どもたちの健気さとひたむきさに心温まる作品。

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取材・文/宇野安紀子 編集/羽城麻子

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