前編[中学受験対談]入試直前、親が陥りがちな傾向と対策は

中学受験というテーマを全く違ったアプローチで描いた、おおたとしまささんの『勇者たちの中学受験』(大和書房)と尾崎英子さんの『きみの鐘が鳴る』(ポプラ社)が話題となっています。2021年、子どもの中学受験を経験した尾崎さんと、多くの中学受験家庭を見てきたおおたさんの対談前編として、直前期に親が陥りがちな傾向とその対策、夫婦の役割分担についてお聞きしました。

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——尾崎さんは息子さんの中学受験がきっかけで『きみの鐘が鳴る』を書かれたそうですが、振り返ってみて小6の直前期はどんな心境でしたか?

 

尾崎: クリスマスもお正月もなく頑張っている息子を見ていると、自然と腹がすわってくるというか、なるようにしかならないという境地に至っていたように感じます。ただ、我が家は2021年度受験なのでコロナで一斉休校になった学年で、ちゃんと受験できるのかという不安もずっとありました。こんなに頑張って勉強しても、コロナのせいで受験できないかもしれない可能性も考えていたので、余計に消耗しましたし、とにかく地に足がついてなかったですね。模試でいろんな学校会場に送って行くと待ち時間があるわけですけど、ぽっかり空いた時間はずーっと検索ばかりしていました。去年はあの学校はすごく出願者数が増えたけど今年は反動で下がるかなとか、どこが狙い目かなとか。Twitterで情報収集もしていましたね。それに飽きたら湯島天神にお参りしたりと。心身ともに親もきつくなってくることもありましたが、11月頃のような切羽詰まった感じというよりかは、焦燥感が強くなったかもしれません。子どもに対して言ってはいけないセリフも上から順に言ってしまうようなダメな親でしたが、さすがに1月になるとそんな言葉も出てこなかった。子どもがひたむきに努力している姿を見て、こんなに一生懸命しているのだからどうか報われますように、と祈るような気持ちばかりで。

 

 

——その頃、息子さんはどんな感じでしたか?

 

尾崎: 息子はマイペースなほうなので、淡々とやるべきことをこなしていたように思います。わたしだけが空回りしているようにすら感じることもあったかもしれません。子どものほうがタフなんですよね。周りの話を聞くと感じやすい子もいて、それはそれで結構キツそうでしたね。それこそ作中の伽凛ちゃんのように自分で色々調べて落ち込んでしまったり。

 

 

——父親が受験サポートに熱心な家庭もありますが、夫婦の間ではどんな役割分担でしたか?

 

尾崎: 我が家は夫はノータッチで、逆にそれが良かったと思います。子どもの教育に興味がないわけではないですが、私が主導権を握っていて、「子どもと私が決めたことならいいんじゃない?」と。実は4年生の頃、休日に私が外出する時に「これは絶対にやらせておいて」と頼んでおいたら、夫は夫で責任を感じて張り切りすぎてしまったみたいで。息子にしてみれば、普段ノータッチの父親にいきなりあれこれ言われて、「何も知らないのに、何言ってんの?」と壮絶な喧嘩をしていて、頼むんじゃなかったと後悔しました(笑)。それ以降、受験は私がマネジメントしようと。直前期は夫には次男のお世話をお願いして、休日も外に連れ出してもらったり長男が集中できるようにしてもらって、長男=私、次男=夫という役割分担でした。受験当日もわたしが長男に同伴していたので、次男の対応のために仕事を休んでもらったりしました。

 

 

——多かれ少なかれ直前期は焦るし不安にもなると思いますが、そんな中でも親が心がけなければいけないことは何でしょうか。

 

おおた: 不安になって当然ですよね。当然のことだから、それを悪いことだと思わない方がいいんだろうなと思いますよ。それでもやってはいけないのは、親の不安を子どもにぶつけること。みんなわかってますよね? けど、できないんですよね。『勇者たちの中学受験』に引きつけて言うならば、エピソードⅡの父親のように、入試本番の不合格にがっかりして怒り狂うなんてのは論外として、エピソードⅠのアユタに伴走している父親だって、表層的にうまくやっているように見えて実はビミョーです。息子をサポートする中で余計なことは言っちゃいけないと自分を制御するわけですけど、自分の苦しみと向き合うんじゃなくて、ノウハウやテクニックとして余計なことは言わないとプログラミングしているだけだったから、結局、人間として成長してないんですよね。だから、受験が終わった時に「あんなに頑張ったのに、この結果なのか?」と感じてしまった。だから、結論として言うと、「上手くやろうと思わないで、苦しみ抜いてください」ということかな。失恋と一緒で、苦しんで時間が過ぎていく中で無意識の力によって消化していく。それはすなわち人間として成長しているということだと思うんです。小手先のテクニックとしてどうしたらいいかと考えない方がいいですね。

 

 

——いわゆる受験モノの小説や漫画、あとはリアルでも、父親が受験に関わるケースが増えていますが、最初から最後まできっちりマネジメントする人もいれば、直前期だけいきなり出てきて家族を掻き乱すようなケースも聞きます。受験生の父親としてあるべき姿ってどんなものですか?

 

おおた: 父親だからこうすべきという性別の問題ではないことをあらかじめ断っておきます。今の日本社会のジェンダーバイアスの影響下にある両親の一般的な役割分担を前提として話をするなら、尾崎さんの家庭のように母親がメインでサポートして、サブ的な役割を父親が担う場合、近くにいる母親は中学受験の中でどうパフォーマンスするかにどうしても集中してしまうので、その外の世界があるよということを常に感じさせるのがサブの役割ですよね。君が80年100年生きていく中での12歳の単なるイベントだよ、世の中の価値観ってもっと広いんだよ、外には外の風が吹いているんだよと伝える。それができるようになるためには人間としての器が必要なので、なかなか難しいところではありますが。ノンバーバルの部分で、こことは別の世界もあるんだよと伝えることが必要だと思います。

 

尾崎: マネジメントの担当と、おおたさんの言う外の世界を感じさせる人、それって逃げ道とも言えると思いますが、逃げ道はちゃんと作ってあげなきゃいけないですよね。それを父親と母親がどう分担するか。母親が逃げ道になってあげてもいいけど、父親と母親がともに熱くなって責めたりしたらいけないなと思います。

 

おおた: そこでありうる罠とすれば、一方が逃げ道になってあげなきゃいけないと思って逃げ道を作ると、追い詰めたいもう一方が「何やってんのよ!」となること。そうなった時はパートナーに嫌われる覚悟で子どもを守らなきゃいけないですよね。尾崎さんの小説の中でも、つむぎちゃんの母親が入試本番期間中に感情を爆発させてしまった時に、それまで存在感のなかった父親が家族に安定をもたらすシーンがありますよね。今まで引いていたからこそできる役割があるんだろうなと思います。

 

尾崎: どちらがどんな役割をするか、夫婦で握り合っておかなければいけないですよね。そういう意味では、夫はよくやってくれたのかなと。私もいろいろ後悔はあるけど、トータルで見たら、初めての中学受験にしては自分なりの伴走ができたのではないかと思っています。

<作品紹介>

『勇者たちの中学受験』(大和書房)

おおたさんが取材をした3家庭の入試直前期における親子の焦りや不安、夫婦のすれ違いを生々しく描きながら、塾名や受験校もすべて実名で綴った、話題沸騰中の衝撃のノンフィクション。これから中学受験に臨む家庭には必読の一冊。

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『きみの鐘が鳴る』(ポプラ社)

地元密着型の中学受験塾「エイト学舎」を舞台に、小6の4人が受験に立ち向かう姿を子どもたちの目線で描いた小説。親の言動を子どもがどう捉えているのか、その繊細な描写にドキッとする場面も。合否にかかわらず、目標に向かって努力する子どもたちの健気さとひたむきさに心温まる作品。

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取材・文/宇野安紀子 編集/羽城麻子

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