【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす(53)晴れ日。

 

 

車のバックドアを勢いよく上へ開け、犬がそこに駆け上るのを待った。はい、乗って!と続けて子供が声をかけるが、犬はじっと横目で庭を睨み身動き一つしない。怖がりの犬は車でどこかに出かけるのはいつも気が乗らないのだ。仕方なく両手で犬を抱き上げ、いつもの場所へ座らせた。家族もそれぞれの席に着き、ようやく車にエンジンをかけゆるゆると走らせた。

 

作物がなくなった、だだ広い大地が窓の外をどんどん流れていく。畑の端に尾の長い光るような緑の模様をつけたキジが何匹か見える。麦がぎっしりと大地を埋め尽くしている季節は、キジや野ウサギはその中に隠れて平和に過ごしていたであろうが、今となっては住処を失い、迷子のようにトラクタ-を避けぶらぶらと歩いている。ふいに現れた私達の車の音に驚き、キジたちは駆け足で四方八方にそそくさと散らばっていった。

A

数日前の大嵐の夜を超えて、しばらくすると初霜が降りた。前の晩に犬と散歩をした時にいつもとは違う寒さを感じていたのだが、朝、外に出てみるとの庭は真っ白なザラメ糖がまぶされたようになっていた。久しぶりに目にする魔法がかけられた庭。足元の野草にクモの巣がくっきり浮き出て見えた。これからあっという間に寒くなるだろう。慌てて大家さんに薪スト-ブの煙突の掃除を頼んだ。

B

今日は栗拾いにいこう。そう朝から考えていた。

 

家から5キロほどある森。もこもこと続く羊の背中が連なるようなその緑の一帯が畑の先に見える。その緑に黄銅色や柿色が加わるころ頃、多くの人がそこへ吸い込まれるようにやって来る。

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森の入り口に着き車を止める。ドアを開けると、犬が勢いよく飛び出した。地面に散らばる落ち葉の匂いをくんくんと嗅ぎながら一筋の道を作っていく。

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森の匂い。苔やヒース、キノコ、シダ、松ぼっくりや白樺の樹皮、手を広げたような栗の葉。そんなものが全部混ざった気配が全身を包む。人間が作り出す匂いや音、空気が一切感じられない世界があるとすればここに近いのかもしれない。

E

木が生い茂り光を通さない薄暗い森もあるが、この場所はどの季節でもほんわりとした光にあふれていて気持ちがいい。その世界に入り込むと自分が無力でちっぽけに感じると同時に森がそんな自分を守ってくれているような、妙な安心感もくれるのだ。山なりに上る黄土色に染まった道。栗の葉と茶色や緑のイガ。その中にコガネムシが見え隠れする。家族と犬はキノコを探しにどんどん前にへ進んでいく。それを眼の端で見ながら、散らばる栗の実をゆっくり拾い集め歩いて行った。

 

夜。

 

スト-ブに薪を入れ火をつける。

森の散歩に疲れたのか犬はもう丸くなり寝てしまった。

F2

森の木々や落ち葉の余韻。

木が燃える暖かさの横で冬の扉が5ミリほど開いたような気がした。

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/