【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす㉝青空と花吹雪

 

庭に出た瞬間、目を上に向けた。

 

空が青い。

A

何処を見ても真っ青。前に進む犬とその綱を頼りに、そのまま、しばらく顔を上に向けながら歩く。青を背景に、まだ少し恥ずかしそうな姿の新緑が、映画の長回しのように次々と目の前を流れていく。青と緑、コントラストが眩しい。風ひとつなく、きりっとした空気が気持ちいい。道路を左に曲がり麦畑の方へ行く。突然目の前が開けた。その田舎道は、ただ大きな空がぽっかりとかぶさっているばかり。春の朝にしては少し寒い、と感じていたのだが、空の真ん中で堂々と輝いている太陽に照らされると、身体全体がじんわりと暖かくなってくる。やっぱり春だ。ぐんと背の高くなった麦の中を、犬が鼻で何かを嗅ぎながら、するすると葉を揺らしながら進む。春の匂い。犬にもそれが分かれば大したものだ、と思うが、おそらく、うさぎのあとを追っているに違いない。

B

遠くに見える空の下に、うっすらと白いものが見える。麦畑と隣接しているシャクヤク畑の辺りを目指して歩いて行くと、その姿が徐々に表れてきた。森の桜、と呼ばれるその木に真っ白な花が咲きみだれている。つい最近まで庭を彩っていた桃色の桜のような華やかさはなく、どこか武骨な感じがした。

 

白が重なる。

C

桜が散ってしまったこの時期、枝に白い花が一斉に咲き出す。ミラベル、ジュ‐ンべリ-、みな、無数の蛍が舞うように繊細な白い花をつけている。その素朴で凛とした白さに圧倒されてしばらく立ち止まった。

D

突然、風が出てきた。白い花びらがさっと、目の前を舞う。

雨が降るのかもしれない、様子が一転し、灰色がかった青い空が遠くから押し寄せてくるのが見える。芝生の上にできた花びらの水玉模様を目で追いながら家へ向かう。

台所で食器を洗っていると窓から白い吹雪が見えた。雪だよ!と叫ぶ子供の声に手を止めて良く見てみると、確かに雪が降っている。白い花びらと混り空から雪がどんどんスピ-ドをあげ落ちてくる。余りにも劇的な光景にあんぐりとしていると、子供が慌てて庭に駆け出たのが見えた。昨日、自分で鉢に植え替えた豆の苗を、寒さから守るために家に持ち帰って来た。

 

雪は長く続かなかった。

青空がまた戻り、窓際のビオラがもう気持ちよさそうに太陽に照らされている。

 

天空で何が起こっているのだろうか。

人間の季節感などというものを簡単に飛び越えて自由に動き続けている。今日の雪も、きっと自然の大きなうねりの中では大したことではないのかもしれない。

E

夕方の散歩。

池の淵に行くと沢山の薄紫のハナタネツケバナがすくっと立っていた。

軽やかな愛らしい春の野草。しなやかに流れるコデマリと一緒に摘み取り家に戻る。

 

青空と春のぬくもり、花吹雪と雪の嵐。

摘んできた花がちょっとした奇跡のようにも感じる。

F

戻って来た春の日差しの中で花を束ねた。

 

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/