【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす ㊱今の時間

 

8時。

裏庭に面する窓を開けた。

草の匂いがまだ起きぬけのぼんやりとした身体を通り抜け、太陽や風の匂いも一緒に部屋の中へ入って来た。ふと、時間が止まったような気がする。窓を大きく開け放つ気持ちのいい季節がとうとうやって来たようだ。

A

太陽が裏庭の隅々まで行き渡るこの時間。植物が背伸びをし、鳥も懸命に土をくちばしでつついている。目が覚めるようなピンク色に染まったチュリップの花に蜜蜂が出入りしている。夜には閉じていた花びらが太陽の光と共に大きく開いていた。コーヒを片手に同じく日光を浴びようと外に出て、その花をそっと上から覗いてみる。外からは決して見えない、その雄しべと雌しべは思いがけなく美しく、目が離せない。また少し時が止まる。

そう言えば、陽の昇りが随分早くなっているというのに、自分の起きる時間は早くなっていない。いっそのこと寝室の時計を取り払ってみればどうだろうか。窓から入る光が目覚ましとなり朝陽と共に起きる生活が来るのかもしれない。自分より早起きの朝の庭の様子を見ながら、あれこれ、そんなことを考えていたが、そろそろ仕事を始めなければ、と壁の時計に目をやる。時計の針が刻む « 時間 »から抜け出すことはなかなか難しい。

 

仕事で花を切る為に池の方に向かう。

B

緑色の羽を持つ雄鴨が池の水面に絵をかきながら、ゆっくり進んでいるのを見ながら歩いていると、黄色い花が咲く牧草地の中に馬が見えた。いつもの2頭。冬の間ボックスに入っていた馬たちが、暖かくなりここに帰って来たのだ。久しぶりの外気と草の匂いにまだ戸惑っているのか、馬はどこかおとなしく見えた。

 

季節が一回り。これから又、柵越しにクンクンと匂いをかき合う犬と馬の朝の挨拶が始まる。

C

時の流れと言うのは不思議だ。

 

人間を取りまく時計やカレンダのように、一直線に規則正しく数字が刻まれる時は確かに存在し、頼りにしているのだが、自分が感じている今、にぴったり当てはまる、とはどうしても思えないのは何故だろう。林檎の木に淡いピンクの花を見つけた瞬間や、その時に感じる漠然とした時の流れ、それが自分が本当に生きている時間のような気がする。

 

数日前に森で野生のMuguet (スズラン)の葉が出てきているのを見かけた。まだ花はついていなかった。51日はMuguet の日、フランスでは人々が幸運を願いこの花を贈りあう。この日にその白い花が森に姿を現わしたかどうかは分からない。けれどもそれがもっと後でも、いずれその花は咲きその時にきっと幸運はやって来るのだろう、と思う。

D

裏庭にシラが咲いている。

スズランのお兄さんの様な面立ちの春の花。

快晴の空の色。

E

今日の幸運を飾ろう。

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/