【LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす ㊹夏の匂い。

 

雨上がりの朝、もやっとした空気の中で一日が始まった。

 

新しい朝の気分を入れようと窓を開ける。

鳥の声が聞こえる。久しぶりにその声が聞こえたような気がするのは、ここ数日間、ウエデイングや農園の花を切る仕事に意識が集中し耳がふさがり気味になっていたのかもしれない。ちゅらり 、ちゅん、と小刻みにさえずるのはシジュウガラだろうか。そこに即興で合わせるように鳩が滑稽で無神経な太い声をのせる。

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植物は夜に降った雨水でしっとりと潤っている。その中に鳥の姿を探したが見当たらない。地面や木の枝にとまっているのがすぐ見える冬とは違い、今は声はするものの、なかなか目に入らないのは少し寂しい。急き込むように、また違う声が加わった。木の中に何かがいる気配がした。

 

鳥たちのかもし出す楽興の時。

小さな実をつけた林檎の木の葉が揺れるのを見ながらじっと耳を澄ました。

 

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半開きになっていたベランダのガラス戸を、散歩を待ちかねていた犬が勢いよく走り出る。ウサギの匂いを感じたのか、青紫の花、カンパニュラの足元をしきりに嗅ぎ、花についた雫を飛び散らかしながらせわしなく宝物探しを始めた。

 

甘い香りがふわっと押し寄せる。この所ベランダを出ると、毎回この香りがどこからか飛んできて全身の感覚がそこに集まり、気になって仕方がなかったのだが、用事に駆られ足を止めることがなかった。道を挟んだところにある大きな木から風に乗りやってくるのかもしれない。今この時。土に残された匂いを必死に追う犬に引っ張られながら頭上に目を向けその香りの有り場所を探した。空の切れ目に小さな薄黄色の花が見えた。リンデン(西洋菩提樹)の花。水で光る傘のような葉の下からぶら下がってこちらを見ている。宝物に辿り着いたような気がした。

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ほのかな甘い香り。その周りの細長い葉のような苞と一緒に摘み取ってお茶として飲むと心と体を鎮めてくれるのだが、こうしてその香りを嗅ぐだけでも十分。大海に浮かぶ誰もいない小さな島に到着したかのような、どこか違う世界へすっと入ってしまうのだ。

 

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夏は香りにあふれている。

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裏庭にしきりに植えたハブも花をつけだした。アキレア、ラベンダー,オレガノ、ポリジ。庭仕事が忙しくなる7月にふとそんな植物に身体が触れ、香りが漂うとついついシャカリキに作業をしている手と気持ちが緩む。ゆっくり急げ。楽器の弦の張りを調節するように体と心のズレと張り具合をその香りが知らず知らずに整えてくれるのかもしれない。

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夕日に波打つ黄金の麦の海。

乾燥した麦の匂い。

 

夏の始まり。

もうすぐ刈り入れのほこりっぽい麦の匂いが朝と夕を包み込む。

 

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【PROFILE】
西田啓子:ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/