食の記憶のタイムマシンになってくれます|大久保佳代子のあけすけ書評

バックトゥ向田邦子。 過不足なくヒリヒリするほど的確な描写力

人生の機微を描く妙手と言われた脚本家・作家の向田邦子さん。もともと大好きな作家さんなので家にも短編集が何冊かあり、たまに読み返しているほど。『思い出トランプ』に入っている「かわうそ」や『隣の女』など、昭和半ばの時代を描いているのに、今読み返しても古くないどころか、独特の生活感やウェット感、さらには哀愁があって非常に好みです。かつ、いつの時代も変わらない男と女のすれ違いや女の底意地の悪さ、人間の欲望やエゴをユーモアたっぷりに描いているので、毎回読む度に面白さがジワジワ増していきます。

でもエッセイは、ほぼほぼ読んだことがなかったので、今回、手に取ってみました。おさめられているのは、とても食いしん坊だった向田邦子さんの「食べること」にまつわるエッセイの数々。私が生まれる前の話だったりするので、若干、時代は古くピンとこない内容がありつつも、小説同様、ユーモアやエッジが効いている向田調で数々の食の思い出がテンポよく綴られています。

酔っ払ったお父さんが宴会で食べなかった折詰めを持ち帰り、寝ていた子供達を無理やり起こし、かまぼこやきんとんを分配するありがた迷惑な話や、桃色や青緑色の派手な色味の砂糖でコーティングされたアルファベット型のビスケットの話など、ノスタルジックな気分に浸れる内容がぎっしり。食べるものが少なく、バリエーションもなかった時代だからこそ、食べ物と記憶が鮮やかに結びついていて、読んでいるうちに自分の中にある食べ物の思い出も蘇ってきます。

私も小学校の時、父親が夜勤の仕事の際に会社から支給されるお弁当を食べずに持ち帰ってくれていたことが。そのお弁当箱が3段式の保温機能があるもので、1段目がおかず、2段目がご飯、3段目に味噌汁が入っていたような。その形態のお弁当が珍しいのもあるし、何よりホカホカで美味しかったので、わざわざ早朝に起きて父親の帰りを待っていたのを思い出します。また中学生の頃、骨折で1カ月ほど入院していたことが。食べ盛りの子供にとって病院食は物足りなく、母親が夜8時までの面会時間ギリギリに銀紙で包んだおにぎりを持ってきてくれるのがとても楽しみで。ひとりぼっちの長い夜、お腹が満たされる満足感と孤独を紛らわしてくれたおにぎり。自家製の梅干しが入ったソフトボール大の大きなおにぎりのおかげでしっかり太りましたが。今でも実家に帰ると「新 幹線で食べなさい」と帰り際に持たせてくれます。私にとって、このおにぎりは「食べること」の向こう側へつれていってくれる大事なモノです。

心に残る食べ物は誰にでもあるし、その食べ物は大事な記憶とがっつり結びついているのではないでしょうか。また、向田家の慎ましやかな暮らしぶり、例えば、湯たんぽに入れていたお湯は、おばあちゃんが顔を洗い、お母さんは洗濯や掃除に使ったというのも何だかほっこり温かい気持ちにさせてくれます。毎日の生活って、小さな慎ましい工夫でできていて、これが生活をするということなんだろうなと実感。SNSが全盛の今、こういう懐かしい世界や空気感に触れ、程よく現実逃避ができるのも良いです。

美味しいモノが溢れすぎている今、あのカラフルなアルファベット型のビスケットを食べたとしても、あの頃の感動はもう得られないんだろうな。食べ物に対して、いちいちワクワクしていたあの時代がちょっと羨ましいなとも思いました。

『メロンと寸劇』 向田邦子著 河出書房新社 ¥1,870 1981年、飛行機事故で急逝してから丸30年。 鋭い観察眼と描写力で脚本家・作家として活躍した向田邦子のセンスが光る26篇の食べ物エッセイと「寺内貫太郎一家 2」よりシナリオ1 篇を収録。商品の詳細はこちら(amazon)


おおくぼかよこ/’71年、愛知県生まれ。千葉大学文学部文学科卒。’92年、幼なじみの光浦靖子と大学のお笑いサークルでコンビ「オアシズ」を結成。現在は「ゴゴスマ」(TBS系)をはじめ、数多くのバラエティ番組、情報番組などで活躍中。女性の本音や赤裸々トークで、女性たちから絶大な支持を得ている。

撮影/田頭拓人 取材/柏崎恵理 ※情報は2022年1月号掲載時のものです。

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