【上野千鶴子のジェンダーレス連載vol.6】「理系の女子研究者が少ない理由は?」

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進みつつあるジェンダーレス社会について、私たち親は、娘や息子たちにうまく説明できるだろうか? ジェンダー研究の第一人者に聞きます。

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「職業と男女」について③

Q.会社でも男性は言われたことをこなすだけでOKで、女性は言いわれたことプラスアルファ的な気遣いが求められていると思います。先回りしたり、事務的な補助作業をしてこそ当たり前だ、と思われていることが多いと思うんです。どう思われますか?

東さん、「男は言われたことだけやっていればいいから女より楽だ」なんて言われたら、男性はムカつくと思うよ。
根回し、忖度、気配り……散々やらないと出世できるわけないんですよ、男だって。
飲みニケーションに誘われたら断れない、といったことも含めて、好きで取り組んでいるわけじゃないですよ。
元・首相の森喜朗さん。東京オリンピック組織委会長を辞任したけれど、私は森さんの女性蔑視発言の背後には、わきまえる男たちの存在があったと思う。
彼がこれまで経験してきた会議が短く、サクサクとスムーズに進んでいたとしたら、それは会議の前に忖度と根回しですでに結論が出ていて、それを追認するだけの会議だったから。周囲の男たちがわきまえていたからでしょう。

Qそっか。考えたことなかったです……。

むしろ男のやってる忖度と根回しのほうが、女よりもはるかにエネルギーと時間を使ってるかもしれないですよ。あなたがそんなことを考えずにすんできたのは、忖度と根回しの男たちのパワーゲームに、あなたが入れてもらっていないからでしょう。
でも、まあ、東さんの言うこともわかります。特に、総合職女性が出てきた時代には、総合職女性たちが悲鳴をあげました。男並みの実績を期待されると同時に、女並みの気配りも期待されましたから。
「私は二人分も働かなきゃいけないのか」と総合職の女たちは言いました。
それは今でも続いてると思います。女性労働者は、能力だけでなく、女子力の高さや気配りも必要という。
ですが、男はそれ以上に気配りが必要。組織の中にいたら当然です。
なぜかというと、‟昇進”という「報酬」が来るからです。彼らも「報酬」なしにはやらないでしょう。
女性がパワーゲームに本気になれないのは、男と同じ貢献をしても男と同じ報酬が返ってくるとは限らない、と骨身に沁みて知っているからです。そのうち同じように報酬が返ってくるようになったら、女も男と同じようにふるまうようになるかもしれません。

Q.昇進につながるからですか? そのへんがいやらしい感じですよね(笑)

そりゃそうですよ。だから誰に対して忖度するかっていうと、上司に忖度する。
あなたは「いやらしい」と言いますが明解です。すっきり、はっきりしてます。男は利害で動きます。わかりやすいでしょ。だから彼らはトクにならない相手や女子たちには忖度しません。
女性が気配りするとしたら、周りから“あの人、女子力高いね”という評価を得たいためでしょう。

Q男の人は上司に忖度していて、女の人は周囲周からの評価が欲しいから? 承認欲求?

そう。承認がほしいんじゃないかな。 女性の承認欲求の中に“女子力”とか“女らしさ”というアイテムが含まれているのでしょう。“女子力の高さを見てもらいたい”という欲求です。

Q.少し話は変わりますが、最近では、理系の女性研究員が育児と研究を両立させるのが大変らしいと聞きます。実態をご存知なら教えてください。

理系の女性研究者はなかなか増えません。
増えないのはなぜか。理系の学術団体のネットワークである男女共同参画学協会連絡会が、経年的に女性研究者の実態調査を行っています。
そのデータによると、男性はハンデなく研究に専念できますが、女性は出産育児で中断したり、復帰できなかったりするので、そもそも志す人が少ないし、就労継続を続ける人が少ない。結果として、結婚していないか、しているとしても子どもが少ないかいない女性が多いという実態がわかっています。

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↑ 科学技術系研究者の実態調査より「結婚と出産 配偶者の有無」(「男女共同参画は工学系分野を変えるか?」2021.12.8 長岡技術大学 より)

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↑ 科学技術系研究者の実態調査より「結婚と出産 子どもの人数」(「男女共同参画は工学系分野を変えるか?」2021.12.8 長岡技術大学 より)

女性研究者の生き残り組は、婚姻率が低く、独身で頑張ってる人が多い。もう一つは、結婚しても子供がいないか、一人までが多い。子どもの数が男性研究者に比べて少ない。

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↑ 科学技術系研究者の実態調査より「女性研究者が少ない理由」(「男女共同参画は工学系分野を変えるか?」2021.12.8 長岡技術大学 より)

研究職の女性は同業者の男と結婚することが多いですが、若い研究者のカップルを見ていても、妻の側が夫のキャリアを優先する傾向があります。
例えば、異動のオファーがあったときには妻が夫の転勤について行きます。
子どもが生まれた時に、自分の研究と夫の研究をどちらを優先するかと言うと、〈夫の研究は犠牲にできない〉と思う。それで男のほうは研究に専念できます。
私は最近、ある女性理系研究者の顕彰事業に関わりました。
彼女についての推薦文には、「2児を育てながら研究に取りくみ」と書いてあった。複数の研究者が推薦されていて、その人以外は男。男性の研究者の推薦文には、「2児を育てながら」に類する表現は一切出てきませんでした。
だったら男性研究者の推薦文には、「家事・育児を妻に押しつけて研究に専念し」と書け、と。
でないと、フェアじゃない。
最近のノーベル賞の男性受賞者には、妻も同業の研究者だったという人がいましたが、もし、その妻も彼と同じぐらい研究していたら、夫と同じかそれ以上の業績を出していたかもしれませんよね。

Q思いますよね。

私たち文系と違い、理系の研究者は研究費やラボがないと研究継続ができません。そして巨額の研究費が必要なため、共同研究をする場合が多いです。
実験系の研究者たちは、ラボにどのくらい長時間いられるかが、勝負になります。
研究室に行くと長時間拘束され、夜通し実験を継続し、寝袋を持ちこんで寝泊りする研究者もいます。
ところが女の人が同じようなことをするとセクハラに合う。狭い研究室で、お尻を触られるとか、オッパイ揉まれるとか、スカートをめくられるとか。
男性のホモソーシャルな集団に少数派として入っていった女性はたいへんな思いをしているようです。

Q確かに研究室は密室ですからね。

そうなんです、何をやっているかわからない。
研究室の狭い通路を通って行く男たちに、ついでに触られたり、抱きつかれたり……いろんな目に合ってます。調べてみて、私もびっくりしました。
この人たちは、こんなに恥辱を受けながらガマンして研究を続けていたのか、と思いました。

Qそれが最近になって明らかになってきたんですね。今までは我慢して仕事をしていのでしょうか?

そうです。実態調査をすることで、やっとオモテに出てきました。
我慢しないと研究成果を上げられないし、深刻なケースの場合は、辞めていたと思います。
そう、昔の出来事を思い出しました。
私の友人で大学院生のカップルがいましたが、学生結婚で子どもがいました。女性の大学院進学率がとても低かった時代です。家事・育児はほとんど彼女がやっていました。すると、あまりに大変で、みるみるやつれていきました。
その時、夫が妻に言ったせりふです。
「キミはね、普通の女の人にはできないことをやろうとしてるんだから、普通の女の人にできることができて当たり前でしょ」と。
とんでもないへリクツでしょ。エリート男には、こういう理屈をいう人がいます。そしてエリート女はこういう理屈にハマるんです。
今でも思い出したらむかつきます。

Qまるで教祖と信徒みたいな感じですね。でも今は理系女子を増やせ! と国も力を入れていますよね。

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なぜ「理系女子を増やせ」と言うか。
それは、女性を増やすと明らかに効果があるということが実証データからわかっているからです。
日本政策投資銀行が実証データを出していますが、男性のみの研究チームと女性が入った男女混成チームの2つがそれぞれに研究開発した成果物を見てみると、まず第一に特許件数が後者のほうが多い。第二に、その特許の経済価値も後者のほうが高かった。
女を入れたほうがイノベーションの効果があって、経済価値も高いんです。
ただ、単にダイバーシティの時代だからリケジョを増やせと言っても聞いてくれませんが、「リケジョを入れれば儲かりますよ」と言えば、企業経営者を説得しやすい。データに基づいた事実です。
事実ですが、「女を増やすのはあんたたちを儲けさせるためじゃない!」と言いたいけどね(笑)。

 

取材/東 理恵

上野千鶴子

1948年富山県生まれ。社会学者。京都大学大学院修了、東京大学名誉教授。東大退職後、現在、認定NPOウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長として活動中。2019年東大入学式での祝辞が大きな話題に。『おひとりさまの老後』や『在宅ひとり死のススメ』など著書多数。

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