【上野千鶴子のジェンダーレス連載vol.12】コロナ禍であぶり出されたIT後進国の日本。そして理系女子が少ない問題。

進みつつあるジェンダーレス社会について、私たち親は、娘や息子たちにうまく説明できるだろうか? ジェンダー研究の第一人者に聞きます。

【上野千鶴子のジェンダーレス連載vol.11】「今は、地方大学や地元就職の人気が高い時代です」

「デジタル社会と男女」について①

Q.日本はデジタル社会が遅すぎます。そこにもやはりジェンダーギャップが関係しているのではないでしょうか。昔はシステムエンジニアも男子ばかりでしたし、省庁や役所、企業などの「デジタル」部署も、男社会のような気がします。

男がトップだったから進んでいないわけではないと思いますが、とにかくコロナ禍ではっきりしました。
日本では、驚くほどIT化が進んでいませんでした。びっくりしましたよね。

Q.はい。想像以上でした。

リモート取材なども、本当はもっと早くにできていたはず。
学校でも、コロナ禍の時はリモート授業がスムーズにできないところが多かったようです。
スキルがない、ノウハウがない、インフラがない、の「ないない」尽くし。
先生たちには教える力量がなく、学校にも設備がない。
大学生にも、PCとWi-Fiを持っていない人たちがいました。大学が貸与しないと授業が受講できない。そんな状態だったと聞きます。
やっとのことで義務教育にタブレットが導入され、子どもたち全員に貸与されました。
今の時代、ITはただの文房具です。日本は義務教育無償化が定められているのですから、文房具を無償貸与するのは当たり前です。
ですが、私がびっくりしたのは、実際の現場ではタブレットを学校に置かせて、家に持ち帰らせなかったところもあったことです。タブレットなんて、自分の好きなようにカスタマイズして使うものなのに。
それに、貸与ということは、小学校で6年間使ったら、その後は返却するのですか?
その上、6年間の間に、ITはどんどん進化します、機種変更はしてくれるのでしょうか……。

Q.私の子どもが通う小学校では、最近では、タブレットを持ち帰ることができるようになりました。でも、先生がおっしゃるとおり、卒業時には返却しなければならないんです。せっかく自分なりに使いやすいようカスタマイズしているのですが……。PCは同じ機種のままで、自分でバージョンアップしていかなきゃいけないんです。

6年の間に、ハードもソフトも変わることもありますよね、どうなっていくのでしょうか。
とにかく、本当に唖然とすることが多すぎました。
そこで本題の“男女差”ですが、「男ばかりだったから進まなかった」ではなく、「男がやっても進まなかった」んです(笑)。
IT業界の男女差の理由は明らかです。
そもそも教育の過程から、理系の分野に女性が少ないからです。
IT業界に限らず、『理系に女を増やせ』が、今の国が目指す政策目標のひとつです。
情報技術というのは、もはやどの分野でも必須のツール。ITスキルを持っているか、持っていないか、が経済格差に結び付きます。スキルの格差が情報格差につながり、情報格差が経済格差につながります。

つまり、理系の女性が少ない➡ITスキルを持つ女性が少ない➡男女の経済格差が広がる。

その中で、“リケジョを増やせ”というキャンペーンが登場しました。
ジェンダー研究では、PISAのテスト(世界の72か国・地域の15歳対象にしたOECD経済協力開発機構加盟国中心に行われる国際学力テスト)において、理系の成績にほぼ男女の差はないという結果がわかっています。
なのに、中学校あたりから女の子が理系を目指すと、周囲の教師や親から「女なのに、理系って珍しいね、変わってるね」とか言われます。
それがどういう効果を持つかというと、“女の子の意欲の低下”です。
余計な一言を言われると、やる気がなくなってしまうのです。アンコンシャスバイアスによるディスカレッジが起きてしまいます。

大学で、今いちばん女子が少ない学部は、工学部ですが、なんと今年の4月に、奈良女子大学に工学部ができました。

Q.そうなんですか。知らなかったです。

理系に女性を増やすという意味では、効果があります。
男子ばかりいる工学部より入りやすいし、教育も受けやすい。男子の視線を意識しないで、自分の長所をのびのびと生かせます。
ですが、問題なのは大学を卒業したあと。
卒業後に入っていく業界や組織は、あいかわらず男女優位です。
そうすると彼女たちは、カルチャーショックを受けるでしょう。

もうひとつ問題なのは、女子大に工学部を作るのは悪くないけれども、それだと従来の工学部が変わらないことです。女の子が普通にラボにいて、一緒に研究や実験をやるという環境を男子が味わえない。そうなると、理工系の男文化というのは変わらないでしょう。
それも困りものですね。

Q.確かに、いくつかの大学の工学部で女子の受け入れ体制を増やそうとしている、というNEWSを新聞で読みました。

ひとつのやり方として、共学の大学の工学部に一定数の女子枠を作ろうという話はあります。
東京大学でもいちばん女子率が低いのは工学部。
でも、東大に工学部女子枠を作ろうとしたら、真っ先に反対したのは当の工学部女子でした。
なぜだと思います?

Q.えっ。なぜですか?

「キミ、女子枠で入ったんだって?」と男子学生からいじられるからです。
「ボクらは正規の選抜試験で入ったのに、キミはバイパスで入ったんだね……(笑)」と。
小和田雅子さんが東大卒と言われるたびに、「だって帰国枠でしょ」と言われているのと同じです。
在学中ずっと、卒業後もずっと……そう言っていじられます。東大生はそういうものですから。
そして東大女子にとって、そういうのはプライドが許さないんです。

Q.なるほど。納得です。東大女子なら、なおさらですよね。

とりあえず“リケジョを増やせ”という国策で、奨学金を優遇したり、女子の工学部設置をしたりしていますから、女子が理系を選ぶのは今は有利です。
ですが大切なのは〈18歳ではもう遅い〉ということです。
もっと早くから介入しないと、女の子の理系離れは止まらない。
今のターゲットは、中学生・高校生です。

Q.小学生はまだですか?

小学生では、そんなに差がありません。
日本の小学生の成績は良く、算数については男女差もないと思います。
中学校に入り、第二次性徴が出るあたりから「性別文化」が出てきます。
そういった状況の中で、中高生の女の子たちにITスキルを身につけてもらうことを目指して、「Waffle」(https://waffle-waffle.org/という民間団体が頑張っています。

Q.聞いたことあります!

若い女性がNPOを作って活動しており、内閣府の認証を受けた(公財)パブリックリソース財団の「女性リーダー支援基金~一粒の麦~」にも、代表の斎藤明日美さんが選ばれています。
彼女たちの現場感覚でいうと、「IT教育は、中高生から積極的にサポートしないといけない。それでないと、今後の日本のIT化は進まない」ということです。

*(公財)パブリックリソース財団の「女性リーダー支援基金~一粒の麦~」(https://www.info.public.or.jp/support-women-leaders)とは、女性リーダーを日本に増やし、女性の社会的地位の向上を図ることを目的として設立されました。女性リーダーとして今後の活躍が期待される個人を公募し、適切な対象者を選定して活動奨励金を支給しています。
昨年からスタートし、上野千鶴子さんが審査委員長を務めています。

取材/東 理恵

上野千鶴子

1948年富山県生まれ。社会学者。京都大学大学院修了、東京大学名誉教授。東大退職後、現在、認定NPOウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長として活動中。2019年東大入学式での祝辞が大きな話題に。『おひとりさまの老後』や『在宅ひとり死のススメ』など著書多数。

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