元五輪競泳代表・伊藤華英さん「中学受験で一度はスイミングをやめました」

北京・ロンドンのオリンピック2大会に出場した、元競泳日本代表選手の伊藤華英さん。引退後は大学院に進学し、スポーツと健康に関する学位を取得。現在は4歳の男の子を育てながら、スポーツの楽しさを広める活動や、アスリートの生理に関する啓蒙活動を行っています。日々の子育てで意識していることや、スイミングを始めた自身の子ども時代、さらに日々のイライラへの対処法についても聞きました。

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完璧主義から一転。子育てで学んだ「まあいいや」精神

──27歳で引退されて、34歳で結婚、出産されています。伊藤さんにとって、30代はどんな時代でしたか?

今年39歳になりました。30歳になったころ、コーチに「30代はあっという間。気づいたら40歳になるぞ」と言われましたが、本当にその通りだと感じています(笑)。コーチのアドバイスの真意は「あっという間だからこそ30代を有意義に過ごせ」ということだったと解釈していますが、結婚も出産も経験して、20代のころには思い描いていなかった10年になったように思います。

特に子育ては、人から聞くのと自分でやってみるのとはまったく異なりました。子どもと過ごす時間は本当に忙しいですよね。出産前は赤ちゃんとのんびり朗らかに過ごそうなんて思っていたのに、いざ生まれてみたら授乳、おむつ替えの連続。スケジュール通りに進むことはほとんどありませんでした。それまでの私はどちらかというと完璧主義な人間でしたが、子育てを通して、「思っていた通りにはいかないけれど、まあいいや」と思うことが増えました。子どもに自分が想定していることと真逆の行動を取られて驚くことにも慣れましたし(笑)。

生まれるまでは「赤ちゃんと親の寝室は別々にしよう」「こうやったら早く寝るはず」なんて考えていたけれど、現実は全く違いました。理想通りにいくならよいけれど、離乳食や寝かしつけなど「こうしたらうまくいく」という正解はなくて、結局は「子どもによる」ようです。大人ができることは、どんなタイプの子も自分らしくいられる環境をつくってあげることくらいだと実感しています。育児を通して、世の中にいる子どもたちが全員かわいく思え、みんなに幸せになってもらいたいと考えるようになりました。子どもたちの未来を大事にしてあげたいです。

 

「子どもの成長を待つ」ことは、母から教えてもらった

──アスリートのお子さんは、パパやママの影響でスポーツに熱心に取り組んでいるイメージがありますが、いかがでしょう。

4歳の息子には水泳やスポーツ教室みたいなものを習わせています。将来本人が何を好きになるかはわかりませんが、体力だけはあったほうがいいと思うので、スポーツ系の習い事はやらせたいと思っていました。今はどちらも楽しく通ってくれていて何よりです。

 

──「お子さんが今日は習い事に行きたくないと言い出して困る」という声も読者からよく聞きます。伊藤さんなら、こんなとき、どう対応しますか?

うーん。その時々の子どもの様子を見て判断するかも。一回休ませるとリフレッシュしてまたがんばれることもあれば、「今日は行かせたほうがいいな」ということもある。子どもの表情を見るとだいたいわかる気がします。私は小3で初めて全国大会に出場しましたが、その前に小2で選手コースに昇格し、毎日2〜3キロメートル泳ぐようになりました。さすがに練習がきつくて、「お腹が痛い」と言ってサボろうとしたことがありました。そのときは、普段うるさいことは言わない母に「行きなさい」と言われましたが(笑)。

──全国大会に行くほどの実力を持つお子さんを育てていたら、ついあれこれ口出ししたくなってしまうような気がします。

全然そんなことはなかったですね。熱心な親御さんは待合室で『スイミングマガジン』を読んでいたりするものでしたが、母が読んでいた姿は一度も見たことがありません。風邪から体調を崩したときは「無理しなくていい」と言われ、スイミングを2カ月休んだこともありました。復活したらみんなすでに進級していて慌てました(笑)。

中学校受験のために、小5で一度水泳をやめることを自分で決めましたが、それについても何も言われませんでした。当時はこのままもう水泳はやらないかもと思いましたが、進学先の部活選びで結局水泳部に。このころにちょうど成長期を迎え、身長もぐんぐん伸びていたせいかベストタイムも出て、とにかく水泳が楽しくなった時期でした。

引退にあたっても、母の助言が心の支えになりました。「こうしたほうがいい」と直接アドバイスするのではなく、引退したほかの選手が競泳の解説の仕事をしているのを見て「こういった未来もあるんだね」「あなたもぼんやり先のことを考えておくといいかもしれないよ」と言うくらい。娘の進路を決めつけずに「こんな生き方もある」と教えてくれるような関わり方がありがたく、親の存在の大きさを知りました。

──伊藤さん自身がお母さんから受けた影響が、今の子育てに生きていると感じますか?

「待つ」ことの大事さは母から学びました。息子はプールでなかなか水に顔がつけられず、もどかしい思いをしながらも2〜3年は見守り続けました。そうしたら、ある日、急にお風呂に潜り始めたんです。子どもによって性格も何かを始めるのに適したタイミングもまったく異なると思うので、うるさく言わないでどうやって育てていこうかと、試行錯誤の日々です。

習い事の先生など、親以外の大人に褒められたり時には注意されたりすることも、息子にとってはいい刺激になっているのではないかと思います。これからもたくさんの大人と接点が持てるように、親として気を配っていきたいです。

 

サウナ、掃除、洗濯物干しが「無心になれる瞬間」

──伊藤さんは大学院でメンタルヘルスについて研究されています。イライラするときや落ち込んだとき、どんな対処法で乗り切っていますか?

どうしてもイライラが募ったら、サウナに直行します! 空いている時間を見つけては、近くの銭湯に飛び込んで、10分間3セットを繰り返すだけで、かなりすっきりした気分になります。

 

──子育て中は一人で過ごせる時間が取れるだけでもリフレッシュする気がします。

無心になれるという点では、掃除も好きです。子どもが遊んでいる横で、ひたすら床を拭いていることもあります。子育て中に運動をしよう! と思っても、子どもをほったらかしにしてしまうのが気がかりで集中できなくて。話し相手や遊び相手をしながら片手間で掃除していれば、後ろめたさもないうえに部屋がキレイになるので満足感があります。現役時代は、ミステリーなど好きな小説を読むことが気分転換になっていましたが、アスリートや働く人のメンタルタフネスについて発信を続ける今は、研究に関する本を読むことのほうが多いですね。

洗濯物を干すのも好きで、ビシッとキレイに干せた洗濯物を眺めて一人で満足しています。うちは共働きで子育ては夫婦で同程度にやっているつもりです。そのうえで、家事も育児も、できないことはあらかじめ「できない」と夫に宣言してシェアするようにしています。子どもともできるだけ人として一対一で向き合うようにしています。「親だから」「子どもだから」という関係ではなく、お互いをリスペクトするような関係を築いていけたらいいなと思っています。

PROFILE

伊藤 華英(いとうはなえ)さん

1985年生まれ。埼玉県出身。ベビースイミングから水泳を始め、高校時代には、100m、200m背泳ぎで日本新記録を打ち立てるなど活躍。2008年、北京オリンピックに出場し、100m背泳ぎで8位入賞。その後、2012年にはロンドンオリンピックに出場し、同年現役引退。引退後は、順天堂大学大学院にて精神保健学を専攻。アスリートとしての経験を踏まえ講義・講演を行うほか、ピラティスコーチとしても活動中。著書に『これからの人生と生理を考える』(山川出版社)がある。一児の母。

撮影/秋山博紀 ヘア・メーク/本多遥香(ROI) 取材・文/樋口可奈子

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