馬渕磨理子さん(40)経済アナリストとして順調な中、乳がんに…「声を上げずに闘病している方がいかに多いか知りました」
経済アナリストとしてTVやラジオなどに引っ張りだこの馬渕磨理子さん。仕事も順調で休みなく働くなか検診で判明した「乳がん疑い」。手術、休養、そこからの仕事復帰と激動の一年を過ごし、病気を通して知れたこと、今伝えたいことを語っていただきました。(第1回/全3回)。
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馬渕磨理子さんprofile
1984年生まれ。ミス同志社、京都大学公共政策大学院卒。一般社団法人日本金融経済研究所代表理事。YouTubeチャンネル『馬渕磨理子の株式クラブ』登録者数41万人超。TV番組のレギュラー出演やラジオ出演など多彩に活躍中。直近の著書に『馬渕磨理子の金融・経済ノート』『一歩踏み出せない人のための株式原論』など。
きっかけはレギュラー番組の乳がん特集。闘病中に40歳に
レギュラー出演する番組「ウェークアップ」の乳がん特集でコメントを求められる予定だったので、自分も検診を受けておこうと思い病院を予約しました。新橋にある病院で、受けたいと思ったときにオンラインで予約ができ、翌日すぐに検査を受けられたことがよかったです。闘病する方の姿を近くで見ていたので、病気に対する意識がちょうど高まっていた頃でした。
今年40歳になりましたが、節目をかみしめることもできずバタバタ終わった感じでしたね。どうやって仕事復帰しようかとかそんなことを考えていました。手術後に、早期のがんであるステージ0と確定し治療も終了。現在はまた番組に戻らせていただき、YouTubeも続けたり原稿も書いたり、役員の仕事もしています。体調が悪いときはオンラインで、などご理解いただきながら働けています。腫れ物に触るみたいな感じにされると結構つらいので、休養していたことを忘れるくらい皆さん普通に接してくださるのがありがたかったです。
発覚から手術まで…待たされる時間が余計にしんどい
2023年11月に「乳がん疑い」という結果を受け、細胞診での検査結果を待ってから実際に手術をする病院が決まったのが12月末ぐらい。私の場合は母方に乳がん経験者がいたので、BRCA遺伝学的検査(※)も同時に行い、結果は陰性でしたが、そちらを待って結局手術をしたのが2024年1月後半。がんと発覚したら出来れば今すぐにでも手術をして取ってしまいたいと思うけど、意外と待たされて…その間に、免疫力を高めるぐらいしかできることがなく…今よりもがんが進行しないかとか転移しないかとか、不安で夜も寝られませんでした。その待たされている時間が精神的に辛かったです。
部分切除よりも全摘手術の方がリスクを抑えられたり半分残すと再建がしづらいなどさまざまあるので、標準治療というかドクターと相談して全摘手術を選びました。同時に再建手術も行いましたが、全部保険適用なんです。乳房再建というと自費のイメージがあるかもしれないんですが、国のサポートも手厚く100万円位かかるところが20万円ぐらいで収まりました。めちゃくちゃ助かります。
※BRCA遺伝学的検査:BRCA遺伝子にがんになりやすい変化があるかを調べる検査。結果が陽性であればHBOC(遺伝性乳がん卵巣がん)と診断される。
YouTubeでの公表、声を上げずに我慢して闘病している方も社会にはいること
発覚したときは「なんで今なんだろう」とか、お仕事が詰まっていたのでお断りしないといけないのがつらかったですね。仕事関係者の方に「実は…」とお話したら、当然誰も喜ばないしみんなすごい悲しい顔をされるので、聞いた相手も相当しんどいのだなと思いました。だからYouTubeという楽しいはずの場でお伝えするかどうかすごく迷いました。でも、検診の重要性は伝えた方がいいと思い、公表することにしました。割合は低いんですけど、実は男性乳がんの方もいらっしゃるのでSTORY読者さんの旦那さんも検診に行くといいと思います。
YouTubeのコメント欄はいまだに見たら泣けてくるんですけど、皆さんあたたかいです。人生を教えてもらうような言葉もたくさんあるし応援にもなる。これだけ言ってもらっているんだから復帰してちゃんとお返ししないと、と思いました。「検診行きました」とか「奥さんをちゃんと検診に連れて行きました」といった声もいただきました。同時に、声を上げずに我慢して闘病している方がいかに多いかを知りました。会社に言わずに内緒で手術して、生理休暇を使って抗がん剤を打って、何もないかのように振る舞って。病気のことを言ったらキャリアが途絶えるんじゃないか、今のポジションを外されるんじゃないかとみんな心配だから言えない。言っても戻って来られる、安心してキャリアが守られる、そういう社会にはまだちょっと遠いような気がします。医療の進化によって、病気の後も戻ってこられるんだということを経営者の皆さんに知ってほしいです。たしかに病気のことを誰かに言うことでもう1回傷つくので、わざわざ言う必要はないけれど、せめて直属の上司とか管理部のホストぐらいには共有できて、少しでも配慮のある働き方ができるような社会になってほしいなと思います。
撮影/加治屋圭斗 取材・文/香取紗英子 ※衣装は本人私物
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