コロナ禍を乗り越えて“バレエの申し子”は“バレエダンサー”になった【王子様の推しドコロ】
vol.21 二山治雄さん
©Yumiko Inoue
PROFILE
にやま・はるお/1996年生まれ、長野県出身。「白鳥バレエ学園」にて、塚田たまゑ・塚田みほりに師事。17歳で出場した第42回ローザンヌ国際バレエコンクールで金賞を受賞、同年開催のユース・アメリカ・グランプリNY決戦シニア男性部門第1位となり話題に。スカラシップで「サンフランシスコ・バレエスクール」に留学し、2016年「ワシントンバレエ団スタジオカンパニー」、2017年「パリ・オペラ座バレエ」契約団員として入団。コロナ禍を機に帰国し、2020年からはフリーのダンサーとして活躍中。
『コッペリア』より
周りの人たちのおかげで“バレエダンサー二山治雄”が生まれた
従来の枠にとらわれない多様な表現、身体の新たな可能性を感じる驚異的な柔軟性、そして弾けるようなジャンプ……。その唯一無二の存在感は“バレエの申し子”と言っても過言ではありません。バレエ界の新たなスターとして注目される二山さんとバレエとの出合いは運命的なものだったはずと、その邂逅について聞いてみると――。
「保育園で気になっていた子がバレエを習っていて、その子と一緒にいたいからバレエというものを習いたい、というのがバレエを知ったきっかけです(笑)。出合いは特別だったという記憶はなかったのですが、抵抗もなく始めました。当時の教室には僕しか男子がいませんでしたが、姉3人の4人きょうだいだったので、女子しかいない環境に違和感もなく。のめり込むほど好きだったわけではないのですが、当たり前のように受け入れて続けていましたね。小学校5年生で引越したのを機に男子生徒が多くいる白鳥バレエ学園に入学。それからは週2回のレッスン、年に1回の発表会、というのが僕のルーティンになりました」
穏やかな語り口調で、包み隠さず話してくれる柔らかな雰囲気が、流れに乗るようにバレエを続けてきたという自身のバレエ人生の振り返りに、妙に納得させられてしまう。ニュース番組でも取り上げられるほど話題となったローザンヌ国際バレエコンクールでの金賞(日本人の金賞は、熊川哲也氏、菅井円加氏に続く3人目)。そしてユース・アメリカ・グランプリでの1位。その時すでにプロという未来を見据えていたのでしょうか?
「やはりローザンヌでの金賞が転機となったと思います。ローザンヌを目指す前は、プロを意識せず普通に学校に通いながらレッスンを受けていたのですが、将来海外のバレエ団を目指す先輩たちが留学を考え始めて、僕自身も先生に声をかけられて挑戦することに。決まってからは、学校の授業後、毎日23時までレッスン。ビデオ審査用のビデオも3~4回撮り直し、気合を入れて挑みました。だから金賞は僕だけの力じゃないんです。先生、家族をはじめ支えてくださった方々全員のおかげで獲得できました。受賞した直後は単純に嬉しくて嬉しくて。その後の半年間はそれまで通り学校に通い、スカラシップを獲得しサンフランシスコ・バレエスクールに入学して改めて将来はプロのバレエダンサーになりたい!と決意しました」
BALLET TheNewClassic『白鳥の湖』より ©Fukuko Iiyama
ワシントンバレエ団スタジオカンパニーを経て、2017年にパリ・オペラ座バレエ契約団員として入団し、現在はフリーで活躍。
「フリーになるまでの進路は、白鳥バレエ学園の先生に相談に乗っていただき、支えていただきました。2020年にパリ・オペラ座バレエ団の劇場がお休みの時に一時帰国した途端、コロナ禍に突入。2週間だけ帰国するはずでしたが、契約は打ち切られることに。当時はとても落ち込みました。ただ、オペラ座バレエ団の正式な団員を決めるオーディションで1位をとっても正式入団できなかったので、評価は嬉しいものの不安な気持ちも大きく、そのモヤモヤとした気持ちや流れを変えるきっかけになりました。海外生活の苦労に翻弄されて、きちんと自分に向き合うことができていなかったんです。帰国して余裕ができ、自分が何をしたいのか見つめ直すことができたことは、今思えば重要なことでした」
観客のみなさんに楽しんでもらうことを第一に
時にはテクニックが際立つ力強い踊りを、時には柔軟性際立つ優雅な踊りを、時にはフォルムが際立つコンテンポラリーな踊りを。公演ごとに別人のような姿を見せ、観客を驚かせ魅了している。共通しているのは、誰ともかぶらない圧倒的な個性と新しさ。また、バレエ以外の分野とのコラボが話題になることも。
「目標としているのは、観てくれる人を楽しませることができるダンサーです。小さい頃から趣味としてバレエを続け、その延長線上で急に職業になってしまったので、以前はバレエを仕事としてとらえ切れていなかった部分もあったんです。コロナ禍で帰国し、様々なアルバイトも経験したのですが、バレエではない仕事をすることで、仕事をすることへの責任感というものを改めて感じました。バレエダンサーという職業は、観てくれる人がいて成り立つもの。だからこそ、お客様のために踊りたいという気持ちが強くなりました。かなり不器用なタイプなので、今も昔も、どの役を踊る時も本番直前まで集中してその役を詰めていかないとこなすことができないタイプ。だから、自分の中で得意だと思う踊りのテイストはありません。もちろん自分の強みである柔軟性を生かした踊りをしたい!という気持ちはありますが、今は「二山治雄=〇〇」とならないように、自分自身を決めつけず、みなさんには様々な姿を見ていただきたいのです。王子も悪役も意外と言われる役も、クラシックもコンテポラリーもやっていきたいと考えています。バレエ以外の分野とのコラボレーションもいい刺激になっています。僕はバレエしか知らずに生きてきたので、それ以外の世界に触れることができることは新鮮。僕がバレエを他のジャンルの方に伝えることもできますよね? 互いに興味を持てたら世界がどんどん広がっていくのでは、と有意義に感じています。あえて言うなら、ガラ公演が続いているので、全幕ものの作品に今より多く携わっていきたいという気持ちはあります。前よりも様々な経験を積んだ今は、役作りをする上でまた新たなアプローチができ、自分らしいスパイスを加えながら表現していけると思うのです。次回の『EOL(イー・オー・エル)』はストーリーバレエでありコンテンポラリーなので、より自由に今の自分を最大限に生かした自分だからこそできる表現ができると感じています」
『EOL』リハーサルより ©Silvano Ballone
“正解のない”世界初演の特別版を楽しんでほしい
二山さんが出演する『EOL』は、ハンブルク・バレエ団の至宝、シルヴィア・アッツォーニさんとアレクサンドル・リアブコさんが創り上げた、愛をテーマとするストーリーバレエ『Echoes of Life』(2022年初演)の日本の観客のための特別版で日本初演。ピアノの生演奏に合わせて様々な愛を描き出す本作は、二山さんが踊る役柄が新たなパートとして加わっているそう。ヨーロッパで喝采を浴びてきた舞台とあって注目を集めている。
「コンテンポラリー作品なのでいい意味で踊りの正解がないと思うのです。きっと毎回、試行錯誤しながら違う気持ち、違う表現で踊ることになるのでは?とワクワクしています。今回の劇場はコンパクトでダンサーをかなりの至近距離で観下ろせるユニークなデザイン。どの席からどの角度から見ても新たな発見ができるはず。作品だけでなく、そういった劇場の形状やクラシック演目とは違った空気感など、ストーリーだけにとらわれず五感すべてを総動員して楽しんでもらいたいです。そして何度観ても堪能できると思います! 劇場に行くという非日常的な経験に刺激を受けながらも、コンテポラリーなので気負わず観られる作品。感性の赴くままに、自由な視点で見ていただけたら嬉しいです」
二山さんの姿が見られるのは……『EOL(イー・オー・エル)』彩の国さいたま芸術劇場 小ホール(2025年5月23日~25日)
ハンブルク・バレエ団のプリンシパル、シルヴィア・アッツォーニ&アレクサンドル・リアブコ夫妻が自らを映し出すように描いた、愛をテーマとしたストーリーバレエ。形にとらわれないコンテンポラリー作品のようでありながらクラシック作品のようなストーリー性もある、ネオクラシックという新しい作風。ドイツやイタリアでは既に大絶賛されている本作。この日本版は、アッツォーニ、リアブコ、そして二山治雄さんによるパ・ドゥ・トロワに加え、二山治雄さんのためのソロ2作品と、世界初演となるパートが加わった特別版。衣装製作がCFCL、クリエイティブディレクターは写真家・井上ユミコ氏など、ジャンルにとらわれないクリエイターも参加し、バレエの既成概念を覆すクリエーションにも注目が集まっている。詳しくはHP(https://www.eol-japan.com/)にて。
取材・文/味澤彩子