「壁は神様からのプレゼント。頑張っている人にだけ見える――」女性初・鍵屋花火師の夜空にかける想いとは?
「職人として生きる」――厳しい修業に耐え、強い信念と志を持ち、絶えず高い技術を追求していかなければならない日々。男社会と言われる世界で、彼女たちは何を思ったのでしょうか。男も女も、老いも若いも目に入らぬほど熱中し、心の底から楽しむ――そんな女性職人のエピソードは、私たちの胸を熱くさせてくれます。
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花火師 天野安喜子さん
54歳・東京都在住

360余年の鍵屋で初の女性花火師は
柔道審判と二刀流で夜空に命を吹き込む
柔道審判と二刀流で夜空に命を吹き込む
夏の夜空を彩る大輪の花。ドーンと胸打つ大きな轟音の打ち上げに「鍵屋〜」の賞賛の掛け声は風物詩。徳川家綱の時代から続く「鍵屋」の十五代目花火師、天野安喜子さんは、360余年の歴史で初の女性職人。先代・十四代目の父が花火大会を仕切る姿に憧れ、小学2年生の頃には既に跡を継ぐことを意識していたそう。
しかし当時は、火の神が宿る現場に女性は不浄だから入ってはいけない、と言われた時代。さらに、柔道家で道場館長として慕われる父の背中を追い、学生時代はひたすら柔道に打ち込む毎日。負けん気の強さや勝ちへのこだわり、努力を積み重ねるその姿をそばで見ていた先代には、花火師の気性があると一目置かれていたといいます。
大学卒業後、花火製造の修業のため数年間山梨へ、「鍵屋の跡取り」が通じない厳しい男性職人の世界で技術を磨き、’01年ついに十五代目襲名。憧れの父の元で、技術やものの考え方、鍵屋への想いなどを吸収しながら、さらに花火師の修業に邁進しました。
「鍵屋の花火は、情景を大切にします。まず『こんな絵を打ち上げたい』というイメージを描くことから始まります」。例えば、富士山と桜吹雪というテーマなら、ピンクの花びらの霞がどのように山すそを包むのか、ピンクの色みや濃淡はどんなふうにするか、ストーリー性を当て込み、花火でどう表現するのか。観客の目に映る花火の演出を組み立て、耳に訴える花火会場でのアナウンスやセリフもつけていく。
コンピューター制御での点火が主流の今、鍵屋はあえて手間や人足のかかる〝手動式〟にこだわります。「春夏秋冬、人の息づかいは異なるもの。その日の気温や湿度を感じながら、1つの花火大会で250回以上もの間を私が指示して点火します」。
鍵屋の伝統は、古きよき技術や歴史だけでなく、花火の総合プロデューサーとして、花火大会を見る人々の、理屈では語れない感動や心の動きを引き出すことにあるのだそう。引き受ける仕事も、安喜子さんが現場で直接指示が出せる日程に限られます。地元江戸川区で、今年50回目を迎える江戸川花火大会は、日本一の観客数と言われる人気の花火大会、鍵屋の仕事の粋の見せどころ。
安喜子さんは、伝統を重んじながらも常に新しい挑戦を続け、十五代目継承後も、日本大学大学院芸術学研究科で博士号を取得。「長い歴史で花火大会が中止になったのは、戦争、震災とコロナの時。平和じゃないと花火は打ち上げられない、平和の象徴なんだと、改めて自分の仕事についてコロナ禍に見つめ直しました」。大変だったことは山ほどあるけれど、辞めたくなったことは一度もない。「壁は神様からのプレゼント。頑張っている人にだけ見える。それをただ、よじ登ってきたから今があります」。

<編集後記>花火も柔道もその場を仕切る人の「覚悟」が制す
鍵屋十五代目は、その日の天候を読み、観客の状況に合わせて、最善の判断と覚悟で花火大会を成功に導きます。また、柔道の審判も一瞬の判断が勝敗を左右するため、敗れた選手が次も前を向けるよう、公平に一瞬で裁く覚悟をしていると伺いました。柔道と花火、二つの道に通じる天野さんの揺るがない信念を強く感じた取材でした。(ライター 羽生田由香)
撮影/吉澤健太 取材/羽生田由香 ※情報は2025年7月号掲載時のものです。
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