「世界の山ちゃん」会長亡き後、経営を託された妻・久美さんが過去最高売上を達成するまで
どんなに仲のいい夫婦でも、一緒に死ぬことはできません。いずれ、どちらかが先立ち、どちらかが残されるのです。そのとき、悲しみや寂しさの中からどう立ち上がるのか……今回は、ご経験された方々にお話をうかがいました。すると、伴侶からのバトンを受け取って、前に進み続ける妻たちの姿が見えてきたのです。
山本久美さん 58歳・愛知県在住
エスワイフード代表取締役

天国に旅立った鳥男、
山ちゃんの夢を私がつないで
未来へ羽ばたく
山ちゃんの夢を私がつないで
未来へ羽ばたく
名古屋発祥の「世界の山ちゃん」はキャラクター「鳥男」や看板商品「幻の手羽先」など、ユニークでどこか〝変〟な人気店。創業者で会長の山本重雄さんの訃報は、家族はもとより多くの社員と顧客に衝撃をもたらしました。解離性大動脈瘤により59歳で急逝、海外出店にも乗り出し、まさにこれからの時に経営を託されるとは、青天の霹靂。
妻の久美さんは小学校教員を辞め、子育てに専念する専業主婦でした。「会長は字が汚く、走り書きした書類を社員さんが読めないので、子どもが生まれる前は清書するだけの事務的な手伝いで出社していましたが、経営や店舗運営などは関わったこともなくて……」。
久美さんに会社を継ぐ覚悟が芽生えたのは、現在まで約300号、月1回発行のかわら版通信「てばさ記」の執筆から。元教員らしい手書きの「てばさ記」。会長の急逝後10日あまりで発行予定の次号を「休みにしては?」との従業員の提案に「お客様への配慮ですか? それとも私?」とショックの中でも、咄嗟に出た言葉に、既に使命感を抱き始めた自分に気づいたとか。
「家庭を守らなきゃ、でもこの会社も同じくらい大切だったんだ」。生前の夫を偲ぶ従業員や取引先など多くの人から、会社は売られてしまうのか、知らない経営者に代わるのか、様々な不安の声も届きました。夫が情熱を注いだ「世界の山ちゃん」への思いを知る私がやるべきなのでは、と久美さんは夫の死から1週間後、経営を引き継ぐ決断を。
「元来夫は、どちらかというと大人しい人。けれど、お客様に楽しんでいただくためには従業員が楽しんでいないとダメだと語り、『立派な変人たれ』の社是どおり、個性的な名前のメニューやダジャレも大好きでした」と回顧。「私にとって本当に尊敬できる人。かつてのCMのように主人は24時間戦って、常に会社のことを考えている人でした」。
パートナーとの別れは突然すぎて、夢か現実か死を受け入れられないまま、経営のド素人からのスタート。だからこそ、カリスマでトップダウンだった夫の経営を改め、夫が信頼していた長年勤める従業員や現場スタッフの声に耳を傾け、夫の遺志を継いだチームとしての経営に舵を切り、新たに歩み始めました。
夫への深い愛情=「世界の山ちゃん」への熱い思いを胸に、コロナ禍で閉店や危機に追い込まれながらも、女性視点の大胆な経営で昨年は過去最高売上を達成。変化することを一番に好んでいた夫に思いを馳せ、さらなる変化を求めて久美さんの挑戦は続きます。

<編集後記>山ちゃんなら、こんな ダジャレ言いますかね?(笑)
営業前、準備中の店舗に伺い、スタッフと和気あいあい話す風通しのいい雰囲気。スタッフに自由裁量がありつつも、山ちゃん創業からの守るべき味や姿勢、強い決意とがいいバランスでした。「とりとめのないお話で…」と、後日取材お礼の絵葉書をいただき、まさかの鳥ダジャレに、夫の山ちゃん、社是、が息づいていました!(ライター 羽生田由香)
撮影/吉澤健太 取材/羽生田由香 ※情報は2025年8月号掲載時のものです。
おすすめ記事はこちら
▶女優・羽田美智子さんのもう一つの顔は「羽田甚商店」6代店主