【対談】映画『秒速5センチメートル』監督・奥山由之さん×主演・松村北斗さん 同世代の2人が”30代”に抱く思いとは
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10月10日に公開し、大ヒット上映中の映画『秒速5センチメートル』。奥山由之監督と主演・松村北斗さん、同世代の二人が挑んだ実写化には、原作への敬意と新しい表現への探求が込められています。作品を通じて語られるのは、30代という節目に抱く迷いや希望でした。
生身の人間をどう演じるか、
二人で重ねた対話
――伝説的な人気を持ち、ファンからの注目度も高い原作の実写化を前に、どんな思いをお二人で共有していましたか?
奥山:アニメーションを実写にするなら、実写でしか表現できないことをやりたいとは思っていました。それが何かというと、実際に生身の人間がそこに息づいている感触、無意識の言動を捉えることだと思っていて。なので、言い淀みも含めて、その場の偶発性みたいなものを織り交ぜてほしい、という話は松村さんに伝えていました。
松村:アニメを3次元に立ち上げるというと、ある意味モノマネになってしまう。でも、完全に同じことをなぞることが同じ世界を描くことにはならないと思っていて。なので、ファンに愛されていて、自分も憧れていた原作を起点に、遠野貴樹を自分という生身の人間がやるとどう映るのかを考えました。奥山さんとは、悩んでいた部分を事前に十分話し合って、すり合わせできました。
――一緒に映画を作りながら、お互いのどんなところを魅力的に感じていましたか?
奥山:松村さんはきちんと逡巡がある人。感じたことを突発的に口に出すのではなく、自分の中で自己と対話して、ちゃんと向き合った上で言葉を選んでいることが伝わるというか。迷いや揺らぎを含んだ人間らしさがすごくあって、信頼できる俳優さんだなと思っていました。それは貴樹や新海誠さんにも通底していて、おこがましいですが、人間の性質として自分とも似たようなものを感じていました。ちゃんと迷うって、体力や精神力もいる行為なので、それができるのは人としても、役者さんとしても魅力的だなと思います。
松村:奥山さんは、一枚の画面の中から繊細にいろんなことを感じ取って、それを魅力として受け入れたり、疑問を抱いたりできる。その感覚の鋭さと体力がすごいなと思います。人間なので、全てを完全にコントロールすることは難しいけれど、僕の不安にもきちんと一緒に悩みながら舵を取ってくれて。そして、何より撮影のときには気づいていなかったいろんなことに、本編を観て初めて気づくことができたのは衝撃的な体験でした。
何者でもない自分を知り、
それでも進む30代の始まり
――作品の中で貴樹は30歳を迎えます。CLASSY.読者も貴樹と同世代ですが、お二人は30歳になるとき、どんな思いを抱えていましたか?
奥山:人生の体感速度って、歳を重ねるほどに速くなるじゃないですか。そういう意味では、30歳は、精神的に真ん中ぐらいな気がして。人生の折り返し地点だからこその不全感みたいな感覚は30歳になったときにありました。そろそろ映画を作り始めないとなと思ったのも、その頃でした。去年、一作目の『アット・ザ・ベンチ』ができて。
松村:めちゃくちゃ好きでした。30歳って、監督界でいったら、めっちゃ若いですよね。会社員でいったら中堅になるのかな。僕はですね、まず30歳になったその日にすごく体調を崩しました。
奥山:それは偶然?
松村:偶然です。毎年、夏への入れ替え時期みたいな6月頃に体調を崩しがちなんですけど、ドンピシャのタイミングで誕生日に来て。残念なプレゼントになりました(笑)。
奥山:僕が30歳になる前後の頃は、ふと立ち止まって、「これで良かったんだっけ?」と感じたんです。理由はわからないけど、貴樹のように、不安や焦燥を抱く年代なのかなとは思ってました。今まで自分がやってきたことや人生を振り返ることと、未来に対しての不安、過去への未練みたいなものが同時に混在してしまう時期というか。
松村:僕が30歳になって感じたのは、自分って、何者でもないのかもしれないということで。その歳で、「私はこういう者です」と言える人って、どの世界においてもスターじゃないですか。しかも、今自分が働いている芸能界では、どこへ向かっていて、どこに着地できるのかがわからないし、未来に対してコントロールが利かない職種なんですよね。もしかしたら、20代の頃の方がコントロールしようとするパワーもあったかもしれないけど、30代になって、対応する力は身について、同時にもうこれは自分には一生無理だろうなという限界も見えて、でもやるしかないのが30代な気がします。いろんなものが目の前にドンッ!と置かれて、そこを通過するしかないような感覚があるから、いちばん悩む時期なのかもしれないです。
プレッシャーに向き合いながら進む、
30代からの本番
――お二人は、異なるフィールドながら若い頃から活躍されていて、期待される役割に対するプレッシャーや葛藤もあったと思いますが、そういう気持ちと、どう折り合いをつけてきましたか?
奥山:映画作りの世界に飛び込んだことで、今までにはなかった出会いもさまざまにあって、そこでコミュニケーションを取りながら刺激を受け、久々に少し成長できたという実感があるんです。脚本開発から始まったこの約2年間がなかったら、あの不全感を乗り越えられなかったんじゃないかな。今は頑張りすぎない方がいいという考え方が主流の時代でもありますが、やっぱり、自分にかかる負荷を乗り越えられたときに、成長があると思っていて。松村さんをはじめとする素晴らしいキャスト、スタッフに恵まれ、新しい挑戦をこのタイミングでさせてもらえたことは、本当に貴重な経験で、人間としても成長させてもらえました。
松村:僕の場合は、30歳に入ってからのスケジュールって、20代で見えてくるんです。仕事柄、どうしても、来年、再来年を見据えた計画として知るんですね。それを踏まえて子どもの頃を振り返ってみると、30代ぐらいの人たちが、「30代からが本番だ」と言っているのに対して、「何言ってんだ?」って、本気で思ってたんですよ。それで、いざ自分が30代を迎える頃になって、スケジュールが見えたときに、「これは…確かに30代から本番だ」と思って(笑)。本当じゃんって。
奥山:(笑)
松村:当時、僕と同じように感じていた人たちもいるのかなと思って、それが今の自分を苦しめている気がするんです。『秒速5センチメートル』という作品の小さな世界でも、30歳を過ぎたタイミングで初めて映画を撮り始めた人がいて、単独映画初主演を迎えた人がいて、その先はわからないわけで。ということは、30代なんて、まだまだこれからなんだろうと。だから、僕は子どもの頃の斜めな見方を反省して、少しスッキリしました。自分の至らなさに苦しんでいる人がいたら、「もしかして、子どもの頃、大人に対して『何言ってんだ?』と思ってませんでした?」と聞きたいです(笑)。
PROFILE
奥山由之
おくやま・よしゆき/映画監督、写真家。1991年、東京都生まれ。2011年に『Girl』で第34回写真新世紀優秀賞を受賞してデビュー。2016年には『BACON ICE CREAM』で第47回講談社出版文化賞写真賞受賞。以降、具象と抽象といった相反する要素の混在や矛盾を主なテーマに作品制作を続け、MVやCMなどの監督業も行う。長編映画監督デビュー作『アット・ザ・ベンチ』は、第15回北京国際映画祭「FORWARD FUTURE」部門にて最優秀脚本賞と最優秀芸術貢献賞をダブル受賞。第27回台北映画祭外国映画部門でも観客賞を受賞した。
映画『秒速5センチメートル』
1991年、春。東京の小学校で出会った遠野貴樹(上田悠斗)と篠原明里(白山乃愛)は、互いの孤独に手を差し伸べるようにして心を通わせるが、卒業と同時に明里は引っ越してしまう。中学1年の冬。吹雪の夜に栃木・岩舟で再会を果たした二人は、雪の中に立つ桜の木の下で、2009年3月26日に同じ場所で再会することを約束する。1999年、中学2年生で種子島に越してきた貴樹(青木 柚)に恋心を抱く花苗(森七菜)は、その想いを伝えられずにいる。時は流れ、2008年。東京でシステムエンジニアとして働く貴樹(松村北斗)は30歳を前にして、自分の一部が遠い時間に取り残されたままであることに気づく。明里(高畑充希)もまた、当時の思い出とともに静かに日常を生きていた…。新海誠監督による2007年公開の劇場アニメーション『秒速5センチメートル』を、『愛に乱暴』の鈴木史子が脚本を手がけ、映像監督、写真家の奥山由之が映画化。公開中。
撮影/JOJI 取材/小川知子 編集/平賀鈴菜 再構成/Bravoworks,Inc.
※CLASSY.2025年11月号「秒速5センチメートル対談」より。
※掲載中の情報は誌面掲載時のものです。