「このままでいいの?」34歳で会社員から人気占い師へ転身! 〈真木あかりさん〉人生の転機の掴み方

数々の雑誌やWebで占い連載を持ち、著書もヒット重ねる占い師・真木あかりさん

そんな真木さん自身も、私たちと同じSTORY世代。優しく穏やか、そして日々にちょっとした希望を灯してくれる占いが印象的ですが、真木さん自身の背景には、幼少期のいじめや三度の結婚など、決して平坦ではない人生経験がありました。さまざまな経験を通して「今が自分史上、いちばん幸せ」と語る真木さんに、人生の転機や恋愛観、そしてSTORY世代ならではの“リスキリング”への向き合い方までこれまでとこれからを、じっくり伺いました。

(全3回連載の第1回)

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今回お話を伺ったのは・・・

真木あかりさん・占い師

占い師。大学卒業後、フリーライター、会社員を経て占い師に。四柱推命、西洋占星術、タロット、数秘術など幅広い観点から鑑定。数多くの連載や著書を持ち、優しく癒やされる占い結果に定評がある。共著『ZERO POINT 占星術×風水×数秘術で描く新しい私の始め方』(日本文芸社)が発売中。

すべての始まりは、ポイント稼ぎの口コミサイトの投稿から⁉

――大学卒業後、フリーライターやネットベンチャー企業で正社員などを経験されていますが、占い師になったきっかけを教えてください。

真木(以下、敬称略):私は、いわゆる就職氷河期ど真ん中の世代なんです。大学時代から就職活動の厳しさを耳にしていて、「自分は勝ち残れないかもしれない」と感じ、就職は諦め、卒業後すぐに結婚しました。ですが、お相手がひとりで家計を支えるほどの十分な収入がある状況ではなくて。困った末に、口コミサイトに投稿してポイントを得ることで、副収入を得るようになったんです。もともと読書好きで、書くことも好きでしたから、思うままに長文を書き続けていたところ、ある日サイトの運営会社の方から「面白いから、うちで連載を書かない?」と声をかけていただいて。それがきっかけで、フリーライターとしての仕事がスタートしました。

書くことが面白くなり、「お仕事をください」とお願いしながら、占いとは関係ないエッセイなどを中心に書いていました。3年ほど経った頃、最初に声をかけてくださった方が独立してWeb制作会社を立ち上げられて。正社員という働き方に強い憧れがあったわけではないのですが、気がついたら入社をお誘いいただき、そのまま就職をしていました(笑)。 ですが業務内容はフリーライターの頃と変わらないライティング業。さらにフリーの仕事も並行してこなしていたので、“書きまくる“という表現がぴったりなほど、我武者羅に書いていました。そんな時に、仕事を通じて師匠となる占い師の先生と出会ったんです。

 

 

占いを生かして学び、巡ってきたチャンスに挑戦

――様々な偶然の重なりで、占いの道に導かれたのですね。

真木:本当に、私は人に恵まれていると感じています。縁を大事にしてきた先に「占い」があったのかもしれません。出会ったのは、年を重ねられた男性の占い師の先生。その方から「占い方法を僕が伝授するので、あなたが書いてくれるのなら、この仕事を引き受けます」と言っていただいて。それきっかけで、必死に占い方法を学び始めていたら気に入っていただき、「弟子にならないか」と声をかけていただいたんです(笑)。 当時は、ライターとして自分に得意分野や専門性がないのが弱点だと感じていたので、前から興味のあった心理学や占いなら、やっていけるのでは? と思ったのです。そうして四柱推命を本格的に学び、ゴーストライターとして占いに関わるようになったのが、30歳頃でしょうか。その後、少しずつ占い関連のコラムや企業の占いコンテンツの執筆に声をかけていただく機会が増え、徐々に自分の名前で執筆するようになっていきました。ただ、その時点ではまだ、「占い一本で生きていく」と決めきれていませんでした。当時は今よりも“占い=スピリチュアル”なイメージが強く、これを一生の仕事にしていいのか迷いがありました。ちょうどその時期が四柱推命でいう“空亡”という、学びに適した時期に入っていて。以前から興味があり、占いの鑑定にも生かせる心理学の勉強をするために、通信制大学に編入しました。

――ここで占いを活用されたのですね! 何年間ぐらい勉強したのでしょうか?

真木:約2年間です。正社員として働きながらフリーの仕事も続けていたので、土日と有給の日は、朝から夜まで学びにあてるような日々で無我夢中でした。ただ、そんな中で気がついたのです。私はやっぱり本が好きで、自分でも本を書きたいんだって。けれど、心理学の本を書くとなると、更に大学院に通って臨床心理士などの資格をとらなくてはいけなくて、現実的ではないぞ・・・ と。ただ、師匠に「空亡の時期に経験したことは、その後の人生で必ず役に立つ」と教えてられていたので、後悔はありませんでしたし、動いたからこそ、本当に目指したいことが見えてきたと今は実感しています。その後、思いがけないアクシデントがきっかけで、占いの書籍を執筆する機会が巡ってきました。予想外のできごとで時間もない中での挑戦でしたが、チャンスに変えるべく引き受け、この経験が大きな自信につながったと思います。

自分の本当の気持ちに向き合ったからこそある、今の充実

――占い師として独立する際、どんなことが決断を後押ししたのでしょうか?

真木:心理学を仕事にするのはいったんやめて、「占いで生きていく」と考え、初の著書が出てからも、しばらくはフリーライターと兼業をしていました。占いって人々の生活を鑑定するものだから、社会の動きやトレンドを知っておく必要がありますよね。社会と繋がっていたいという気持ちがあったのです。

フリーライターとしては、企業のホームページで社員のインタビュー記事を作成したり、リリースを作成したり、コンビニのキャッチコピーを考えたり、ブックライターをやったり、様々なことに挑戦させていただきました。ですが、ある日、フリーライターのお仕事ですごく虚しくなる出来事があり、二足のわらじがすごく疲れてしまったんです。これまま続けたら、あんなに大好きだった書くことが嫌いになってしまうなと感じて。まだ書きたいと思えるうちにやめようと決めました。

ちょうど34歳ぐらいの時でしたが、その時期は惑星の年齢域でいう「アイデンティティを確立する時期」にあたっていたんです。広く浅くではなく“私はこれ!” というものを確立しなくては。と、その時も占いが背中を押してくれました。ライターは一生の仕事だと思っていたので、自分の気持ちの変化に正直驚きましたね。

――ライターをやめることに、不安はありませんでしたか?

真木:それはなかったです。すでに占い師として仕事を色々いただいていて、収入面でも安定していたので、「まぁ、やっていけるだろう」と、前向きに考えていました。振り返ると、私はとにかく人に恵まれてきた人生だと思います。だからこそ大切にしてきたのは、”まずは動いてみること”そして、目の前にあるものにフォーカスをあて”与えていただいた仕事に全力で、誠実に向き合うこと”です。占いは”依存するもの”ではなく、人生を前に進めるために“活用するもの”。そんなことを自分なりのルールとして歩んできた結果、思いがけないご縁や出来事に導かれ、思いがけず人生は展開し、気がつけば、今が”自分至上一番幸せ”と思える実感があるのだと思います。

目の前の仕事に誠実に向き合ってきた先に今があるという真木さん。次の記事では、今までの人生の”転機”について伺いました。

撮影/沼尾翔平 取材/味澤彩子

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