カツセマサヒコ「それでもモテたいのだ」【「○○のせい」にし続けると…】

クリープハイプというバンドの代

クリープハイプというバンドの代表曲の一つに『ラブホテル』がある。タイトルからして圧倒的な唯一無二感が好きだ。歌詞本文では一度も「ラブホテル」とは言ってないのだから、別にタイトルは『ホテル』でも問題なかったのに、あえての「ラブ」だ。そこに意味があったことは、歌詞全文を読めば明白である。その曲のサビが『夏のせいにすればいい』だった。ラブホテルに行く、ということは、おそらく事前に宿を取っていなかったのだろうし、成り行きでそういう流れになって、なんとなくそこにたどり着こうとしている。そんな二人の流されていく関係性がうっすらと想像できていい。その刹那的かつ怠惰な情動を「夏」という季節に置き換えて、歌う。そして、夏のせいにする。

あらゆる物事を季節のせいにする、という意味ではT.M.Revolutionの代表曲『WHITE BREATH』でもそうだった。「冬のせいにして暖め合おう」でサビが終わる。人は夏のせいにしてラブホテルに行き、冬のせいにして暖め合う。春のせいにして花粉が飛び、秋のせいでもまた花粉が飛んでいる(花粉だけ飛びすぎていると思う)。
あまりに会社に行きたくなくて、本当は元気な親戚の不幸のせいにしたことがある。飲み会に行きたくなくて、とっくに終わっている仕事のせいにしたことがある。LINEの返事が面倒くさくて、実際はサクサク動いているスマホの故障のせいにしたこともある。雨や雪のせいにして「会いたい」と言った人もいれば、同じ雨や雪のせいにして「会えない」と言った人もいると思う。そうやって何かを言い訳やきっかけに使ったりして、私たちはこの世界でどうにか生きている。

中には「○○のせい」が過ぎて、周りから煙たがられる人もいる。全部クライアントのせいにしてくる担当営業。全部上司のせいにしてくる同僚。全部電車のせいにしてくる遅刻癖の直らない友人。あまりにしつこく「○○のせい」にし続けると、他者への信頼を失うこともあるという反面教師にできる。でも、その一方で、逃げるのが下手な人、なんでも抱えてしまう人もいる。肌感覚だけれど、そういう人は総じてみんな真面目だ。全部が「自分のせい」と思うから一生懸命になりすぎて、自身のキャパシティを超えて苦しくなる。

編集プロダクションで編集者として働いていたころ、どの仕事も泥沼化させてしまうライターさんがいた。当初の予定より数倍しんどい仕事量になり、なのに原稿料は激安という地獄の案件にしてしまう人だった。内容を聞いてみると、クライアントや外注さんがその人に対して、かなりひどい扱いをしていることがわかった。「それ、怒ったほうがいいすよ。てか、俺、代わりにキレましょうか?」「いや、でもこれ、自分が招いたことなので……」怒りの矛先を自分に向けて、自身をメッタ刺しにしながら心を沈めていく。そういう人だった。

あの人は、それこそ幼少期のころから「自分のせい」と言われ続けて育ったのかもしれない。そのせいで必要以上に真面目で、実直で、不幸を背負いやすい体質になったのかもしれない。本当はもっと、誰かのせい、何かのせいにしてほしい。体調が悪いことを気圧のせいにするのもいいし、転職活動がうまくいかないのを面接官のせいにしてもいい。出会いがうまくいかないのは使っているマッチングアプリのせいだろうし、男と長く続かないのは初恋のアイツが魅力的すぎたせいに違いない。不自由なのは親のせいだし、お金がないのは国のせいだ。そうやって全部「○○のせい」にして、自分を棚に上げてみる。その棚も、自分の背伸びでは届かないくらいとびきり高いものを用意してあげるといい。そしたらいつか、その高い棚から見下ろした景色の美しさに感動して、もう少しこの世界を優しい目で見られる気がする。そういうことが起きれば、あのライターさんのこれまでの日々も、もう少し報われるだろうにと思う。

この記事を書いたのは…カツセマサヒコ

1986年、東京都生まれ。デビ

1986年、東京都生まれ。デビュー小説『明け方の若者たち』(幻冬舎)が大ヒットを記録し、2021年12月に映画化。二作目となる小説『夜行秘密』(双葉社)も発売中。

イラスト/あおのこ 再構成/Bravoworks.Inc