朝ドラ『虎に翼』脚本家吉田恵里香さん語る「描きたい寅子像と主演伊藤沙莉さん」
『虎に翼(NHK・連続テレビ小説)』の脚本家吉田恵里香さん。従来の「朝ドラ」の枠組みを超える脚本が日々話題を呼んでいます。予定調和ではない新しいドラマを描く覚悟、主人公のをはじめ困難な時代に道を切り拓いた女性たちへの思いを、私生活では3歳の男の子の育児中で多忙な日々を送る吉田さんに伺いました。
※2024年3月公開の記事を再編集したものです。
こちらの記事も読まれています
▶亜希さん「離婚後、ちゃんとした親でなければと縛られなくなりました」
これまでのドラマに「存在しなかったもの」を描く
──『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい(テレビ東京)』や『恋せぬふたり(NHK)』など、これまでも多くの人気作品を手掛けてきた吉田さん。結婚や家族といった従来の枠組みの中ではうまく生きられなかったり、居心地が悪いと感じる人々を描いています。
脚本の仕事をする中でセクシュアルマイノリティなど、これまでのドラマ作品においては「存在しないもの」として扱われてきている人がとても多いと気づきました。以来、その人たちの存在を透明にしない世界を書きたいとずっと思っていたときに、『恋せぬふたり』の脚本を書く機会をいただきました。そもそも「アロマンティック・アセクシュアル※」という言葉自体を知らない人が多い中で、誤解を与えないように書くにはどうしたらいいかを慎重に考えました。
※アロマンティック:他者に恋愛的に惹かれない人 アセクシュアル:他者に性的に惹かれない人
──ドラマの表現において「誰も傷つけない」ことは難しいかもしれません。どんな着地点を目指しましたか?
『恋せぬふたり』はタイトル通り、「他者に恋愛感情を抱かない」二人の物語ですが、あえて恋愛にまつわることを作品の軸にしています。まったく恋愛シーンを書かずに、他者に恋愛感情を抱かないという登場人物の思いを書くことはやっぱり難しくて。「恋しない」ことを炙り出すために恋愛を軸にするのは相反しているなと思ってはいたのですが、世の中の人の多くが知らない事象を描くときには通らざるを得ないプロセスなのかもしれないと思い、葛藤はあったものの途中から割り切って書き進めました。結果、あえて恋愛、結婚、夫婦、家族というものを通すことで、アロマンティック・アセクシュアルを書くことができたと思っています。
──作品中、ある登場人物が“家族とは帰る場所があるということだ”、という考えに辿り着きました。吉田さんはどのような意図でこの言葉を描いたのでしょうか。
「アロマンティック・アセクシュアル」を書くとともに、「恋愛感情がなくても家族になることはできるか」を書くことも作品のテーマの一つでした。私は「家族」という言葉がもともとあまり好きではありません。血縁や恋愛感情で結ばれた関係は「良きもの」だとそのまま書くのはしんどいと思っていたんです。家族だからといってどんなことがあってもつないだ手を離してはダメだとは言い切れない。今回は「家族」を絆で結ばれたゆるぎないものではなく、もっと軽やかに書きたいと思っていました。
気をつけたのは、“どんな関係にも縛られなくていい”ということです。血縁の有無や、元々恋人であったかどうかにかかわらずその人の「帰る場所」でありさえすればそれは家族といっていいのではないかと思うのです。「家族」はこうあるべきという窮屈な縛りから離れて、「家族」がもっと幅広い関係性を示す言葉になればいいという思いを込めました。
手帳に毎年「朝ドラの脚本を担当したい」と書き続けて…
── 2024年度前期の連続テレビ小説『虎に翼』の脚本を担当されます。話を聞いたときのお気持ちはいかがでしたか?
すごくうれしかったです。毎年、手帳に40個くらい「これから叶えたい夢」を書くのですが、“朝ドラの脚本を書く”ことはもう何年も書き続けていたことでしたから。それこそ『恋せぬふたり』の打ち合わせが始まった時からプロデューサーさんにずっとその思いは伝えていました。先日、俳優さんたちとの顔合わせに参加したのですが、普段から大ファンの俳優さんが多数出演しているのでミーハー心が騒ぎました (笑)。
── 物語は、日本ではじめて弁護士資格を取得した女性をモデルとした主人公・猪爪寅子(いのつめ・ともこ)の人生を描くリーガルエンターテインメントです。今回主役を演じる伊藤沙莉さんには、寅子のどんな姿を重ねましたか?
女性が今以上に生きづらかった時代背景があるとはいえ、主人公の生い立ちから、当時としては恵まれた環境にいるからうまくいっただけと思われる可能性もあると思ったんです。でも伊藤さんが演じてくださるなら、きっと内面まで愛してもらえる人物になるのではないかと。誤解が生まれてしまうかもしれないから書くのをやめようかと考えてしまうエピソードも、よし、書いちゃえ!と覚悟が決まりました。主人公の寅子は一歩引いて誰かを支えたり、何も言わずに状況を察してくれという受け身の人間ではありません。むしろすごくよくしゃべるし不満や疑問を感じれば口ごたえすることもあるキャラクターです。困難が多い時代でも強く生きる主人公を書きたかったんです。元々気の強い私の脚本だけでは言葉だけが強い印象になりそうなところも、伊藤さんの演技を通してみると印象が変わります。ドラマになったときに、より視聴者に伝わる物語になるはずだと自信を持って書くことができています。
──朝ドラのヒロインに失敗や挫折はつきものですが、不倫や犯罪の描写はほぼありません。多くの視聴者に応援されるキャラクターとして、お茶の間にふさわしい品行方正さや、奔放すぎない態度を求められているのかなと感じることもあります。ドラマを描くとき、そのさじ加減には難しさがあったのではないでしょうか。
視聴者の反応まですべてを背負う覚悟はあります。この表現を使ったときにどのような印象を抱く人がいるか、というところまでは必ず考えています。
もちろん多くの人に見てほしいですし、楽しんでほしいのですが、エンタメは見る人の好みが分かれて当然だと思っています。気になる表現に留意しながらも、今書くべきことを書くという信念を持ち続けるようにしています。
「寅子」のような女性がいたからこそ、今の私たちがある
──物語の時代背景は、ようやく女性が法曹界に進出する資格が認められた時期。女性への権利は到底与えられておらず、男女差別のある時代でした。主人公の寅子を通して、これらのことをどのように描かれるのかもとても楽しみです。
寅子が学生時代を過ごした昭和初期の法律は、今では信じられないくらい女性に不利な内容でした。女性が法曹分野に進むこと自体が周囲から理解されず難しい状況の中で道を切り拓いた寅子のような女性たちがいたおかげで、今の私たちがある。その過程を書きたいと思っています。
書き続けることへの「不安」はいつだってある
──吉田さんの作品を見ると、小さな心情描写一つにもドキッとさせられます。時代性を捉えた恋愛の仕草や表現はどのように更新されていますか?
自分の中でも模索していることだったので、作品を見てそのように感じてもらえているならうれしいです。今は“胸キュン”という言葉自体に嫌悪感を抱く人もいると聞きます。その一方、ドラマを見る上では“俺様”的な強引な愛情表現からしか得られない養分のようなものがあることも無視できません。以前だったら気軽に飲みに行って、そこで出る話題や街の空気感を知ることも仕事の役に立っていたけれど、子育てをしている今はそう簡単には出かけられません。吉田の書くものは古いと言われないか、5年後10年後に仕事はあるのか。正直今も書き続けながら不安は常にあります。
──その不安を拭うために意識していることはありますか?
自分が書きたいものや書いていて楽しいことを書きつづけるしかないと思っています。
私の場合はじっくり1本の作品だけに時間を費やすよりも、同時に数本の作品に向き合う方が作品との距離感がうまくつかめるんです。また、仕事として自分や家族のためにもちゃんと「稼がなきゃ」という思いもあります。自分の書きたいものを書くというだけでなく“職業としての作家”という部分も大事にしたい。
今後書きたいことを書き続けるために、たくさんの作品を書く。そうすれば私の信条とは異なるけれど生活のために無理に仕事を受けなければと迷う前にちゃんとNOを言えます。常に同時並行で仕事をするのは本当に書きたいものを書くための種まきでもあるんです。
── 脚本家、作家として憧れる方はいますか?
岡田惠和さん、坂元裕二さん、渡辺あやさんの書く映画やドラマは大好きですし、脚本家としても尊敬しています。向田邦子さんや小説家の川上弘美さんの作品も愛読しています。この人にしか書けない唯一無二の台詞やストーリーを生み出せること。そして長きにわたって書き続けることは本当に素晴らしいですし、なかなかできることではないと思います。私もそういう作家を目指したいです。
「産みましたけど何か?」くらいの気持ちで産後復帰したかったけれど…
── 吉田さん自身は産休・育休を取らず、出産後すぐに仕事をはじめたそうですね。
そうなんです。子どもを産んだ日の夜からパソコンに向かっていた記憶があります。今思えば産後はきちんと休むことも重要だと思いますが、当時は妊娠・出産で仕事にブランクができると“吉田へ依頼するのはもうやめておこう”と思われるのではないかととにかく怖かったんです。「産みましたけど何か?」くらいの気持ちで何事もなかったかのように復帰したいという思いがありました。やってみるとかなりしんどいことでしたが……。
──どんなときに、しんどさを感じました?
産後2か月くらいはいざ仕事をしようにも全然頭が回らなくて、母に息子を見てもらってパソコンの前に座っても、一文字も書けなかった時期がありました。だから結果的に、あきらめてきたことばかりです。仕事柄、本を読んだり舞台を見に行ったりとインプットが大切だと思うけれどとても時間がない。今はあきらめよう。そう自分に言い聞かせてきました。すべてに手が回らないからとにかくあきらめの作業の連続です。でも、仕事はどうしても続けたかったんです。あくまで“私の場合は”ですが、もし子どものために仕事をセーブして自分の思うようなキャリアが積めていなかったとしたら、息子のせいにしてしまう気がしたんです。時間は有限だから、子育てと仕事のキャパを最大限に取った残りでできることをする。できないことは潔くあきらめることを許容したら、息子にも仕事にも納得できる向き合い方ができるようになりました。
──子育てにおいて、周りに頼ることはありますか?
夫は一言で言えばピーターパンのような自由で面白い人です(笑)。育児をする上では夫はもちろんとして、母や兄夫婦の助けがとても大きいです。私がどうしてもお迎えに行けない時には、兄夫婦が行ってくれたり、平日は母が子どもの夕飯を作ってくれたり。実家で栄養満点のごはんを食べてきてくれるから、おやつにラムネを食べよう、たまにはピザにしちゃおうか!なんて無理せずに気楽に考えられるんだと思います。3か月程前から、息子が私と離れてお留守番ができるようになったことも仕事をする上では大きいですね。
とはいえ、周囲に頼りきりで自分では息子のことが何もできなかったと思う日は正直落ち込みます。でも、子ども目線で見たときに楽しかったかどうかを大事にしたいから、どうしても芽生える罪悪感はいったん置いておくことにしているんです。
執筆は子どもが保育園に行っている間が勝負です
──お子さんは3歳の男の子。締め切りのある長編の執筆を続けるなかで、子育てとの良いバランスは見つけられていますか?
正直、仕事は思うように進まないですね。寝かしつけてから仕事をしたくても、息子もだんだん体力がついてきて、こちらが望む時間にはそうそう簡単に寝てくれません(笑)。私も疲れて寝落ちしちゃうし、仕事中も「そろそろ髪切りに連れていかなきゃ」「予防接種に行かなきゃ」など色々なことが頭の中を巡ります。若い頃は2日間徹夜することだってざらにあったので子育てもいけるかな、と思っていたのですが……。
──今はどのタイミングでお仕事を?
まとまって仕事ができる時間は息子が保育園へ行っている朝9時から夕方6時半の間です。園にお迎えに行ってから夜ご飯を食べて、お風呂に入ったり、短時間でも一緒に遊ぶ時間を作ったりしていると、寝るのは早くて10時半くらいに。でも息子がしたいということは、できるだけ叶えてあげたいとも思っているんです。頭では仕方ないと思っていても、どこか負い目を感じてしまうことがあって。
──負い目、とはどんなことでしょうか?
仕事がハードモードになってきたり、睡眠不足やホルモンバランスの乱れでピリピリしているときに限って「今日は1日遊んでいたい、おうちにいたい」と言うことがあるんです。偶然なのかもしれないですが、3歳ながら母親の余裕のない様子を感じ取っているんだな、とハッとすることがあります。長く専業主婦だった私の母のようにずっと子どものそばにいることは難しい。けれど、完璧でなくても子どもがやりたいといったことはなるべく一緒にやってあげたいなと思います。「アイス屋さんごっこをしたいから折り紙でアイスを作って」とか「お風呂でどうしてもグミを食べてみたい」とか、息子のリクエストはそんなに難しいことじゃないんですけど(笑)。
──今、私(ライター)は1歳の息子を育てているのですが、すでにYouTubeに頼ってしまう場面があります。吉田さんはどのように折り合いをつけていますか?
私も「YouTubeを見せすぎてしまった」「またお菓子をあげてしまった」と悩んでいた時期がありました。でも今は、息子が「今日も楽しかった!」と思って寝てくれたらいいと思うようになりました。人を傷つけるような危険なことは絶対にダメだというけれど、それ以外のことはなるべく希望をかなえてあげたい。机にクレヨンで絵を描きたいと言われたら、「本当は紙に描くんだよ」と伝えてから自由にやらせています。楽しいならまあいいか!の精神ですね。
面白い本にたくさん触れてほしいと思って、2歳くらいまでは毎日絵本を10冊読んでいたのですが、息子が楽しくなさそうで(笑)、単にルーティン化すればいいわけじゃないと気づきました。今は、1日1冊でも読んでくれたら、めっけもん!くらいの気持ちです。ときどき自分から20冊くらい「読んで!」と持ってくることもあるので、どうしたの? こんなに読めるかなと逆に驚くこともありますが(笑)。親が思う100点満点の育児なんて無理だから、今は楽しさを重視。彼にとってこれが「正解」だったかどうかは大人になるまでわからない。けれど、今は「何を大事にするか」が決まっていれば良いのだと思っています。
Profile
吉田恵里香さん(よしだえりか)
脚本家・小説家。1987年生まれ。代表作は、テレビドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』、『花のち晴れ〜花男 Next Season〜』、映画『ヒロイン失格』『センセイ君主』など。『恋せぬふたり』で第40回向田邦子賞、ギャラクシー賞を受賞。2024年4月から放送中のNHK連続テレビ小説『虎に翼』では脚本を担当。プライベートでは、3歳の男の子の母でもある。
取材・文/藤井そのこ 撮影/古本麻由未
\あわせて読みたい/
▶「“男の子ママは大変”と思われがちなのはなぜ?」作家・夏生さえりさんが回答!
▶元日テレ宮崎宣子さん・40代で再婚「1回目と同じ式場でした」
▶東原亜希さん「問題のない夫婦なんていない」夫への想いも語る