『ツミデミック』で直木賞受賞!一穂ミチさん「人には言えないこと」こそ小説になる

今年7月に発表された第171回直木賞を受賞した一穂ミチさん。受賞作『ツミデミック』はコロナ禍の日常で起こった、大小さまざまな「罪」をテーマにした短編集です。作品のなかには育児中の母親たちの姿も垣間見られ、人には言えない後ろめたい行動や感情が描かれます。小説なのに他人事とは思えず、どこか身に覚えがあるような思いにとらわれるのはなぜ? 著者の一穂ミチさんに、作品に込めた想いを聞きました。

こちらの記事も読まれています

2度目の本屋大賞受賞『汝、星のごとく』凪良ゆう「順風満帆じゃないから書き続けてる」

子育ての負担が母親だけに偏りがちな社会構造がある

──『ツミデミック』には6つの短編作品が収録されていますが、ページをめくるたびに当時の不安や焦燥感を思い出しました。

まさにパンデミック真っ只中の、2021年から書き始めた小説です。コロナ禍という特異な状況だったからこそ、普段は見えなかった不安や人間関係の不和が浮かび上がり、それに伴って人間関係が崩れていったようなこともあったかと思います。自宅にこもって執筆していた私自身が抱えていた閉塞感も、作品にかなり影響しました。

 

──コロナ禍が舞台ですが、対人関係のひずみや人の弱さなど、普遍的な「人間らしさ」が描かれる短編集です。特に、「ロマンス☆」の主人公の孤独は、読んでいて胸がざわざわしました。モラハラ気味の夫とは険悪。働く意思はあるけれど、未就学児を抱え、さらにコロナ禍も影響して仕事が見つからない主人公。そんななか、偶然見かけたフードデリバリーのイケメン配達員に強烈に惹かれ……というストーリーです。予想外の結末に驚かされたのはもちろん、子育て中の主人公が徐々に追い詰められていく過程がとてもリアルでした。

小説を書くときも、最近の子育ては本当に大変だろうな、といまの育児事情を意識せざるを得ません。子どもの友だちが家に遊びに来てお菓子を出してあげるときは、アレルギーの有無を聞くとか、必要な配慮はどんどん増えていますよね。私には子どもはいませんが、新聞記事を読んだり、周囲の同僚に話を聞いたりするなかで、今の子育て世代が置かれている現状に驚くことがたくさんあります。私が子どもだった昭和の終わり頃、子どもたちはもっと放任されていました。私も、ランドセルを家に置いたら公園に行って、そこにいる子と晩御飯の時間まで遊んだり、約束もないのに友だちの家に行って遊びに誘ったりするのが当たり前でした。いまの世の中ではそうはいかず、非常識な親だと思われないようにと、子どもが誰かの家に行くのも、公園遊びするのも気を使うだろうなと想像します。子どもの安全を考えるとリスクを徹底的に排除することを求められるのも仕方ないかもしれませんが、その負担がとくに母親に偏りがちな社会構造にあるのだと小説の執筆中も痛感しました。

 

──のちに作家となるご自身が子どものころ影響を受けたことや、いまにつながるような経験はありますか?

自分の母親が読書好きだったので、自然と本を読む習慣があったのは大きいと思います。母本人は、直木賞の贈呈式で編集者に「遊びに連れて行ってとねだられても図書館に放り込んできたのがよかった」と語っていたそうですが……そうだったっけ(笑)。

 

後ろめたい、でも誰にでも身に覚えがある感覚を描きたい

──『ツミデミック』というタイトルの通り、本作には嘘をつく人、不倫をする人、罪を犯す人など出来心でつい何か起こしてしまうという人が多数登場します。一般的に「後ろめたい」と言われているようなことを書くときに意識していることはありますか?

罪と呼ばれることを、程度の差はあれど誰にでも身に覚えがある感覚として描きたいという思いがあります。社会の規範や常識からこぼれ落ちるものを見つめるのも小説の役割のはず。手の平ですくってもすくってもどうしてもこぼれ落ちてしまう一滴を作品では描きたいと思っています。小説を通して見つめた先に、自分に似た人の姿を見出してもらえたらうれしいです。実際は、後ろめたい話をエンタメとして楽しんでくれる人もたくさんいると思っています。不倫を描くドラマは、どれほど批判されてもつくられ続けているわけで。

 

──自分とは違う境遇の主人公や罪を犯す登場人物も多いのですが、嫌悪感を抱くよりも先につい感情移入してしまいました。その読後感は一穂さんが描く視点の優しさから来るのかもしれません。6作品の中から、VERYの読者にお勧めする1作品を選ぶとしたら?

一作挙げるのなら「祝福の歌」かな。主人公の中年男性は、妊娠した高校生の娘から「産んで育てたい」と言われます。さらに一人暮らしをする実母から「隣人が出産したはずだが、子どもの気配が感じられず様子がおかしい」と聞く……というエピソードから始まる話です。

サイン中の様子。東京・大阪で開かれたサイン会には一穂さんファンがたくさん集まりました。

 

──「祝福の歌」は高校生の娘さんをはじめ登場人物がそれぞれに秘密を抱えながらも、ポジティブに物事をとらえていく姿に希望を感じました。

先日、テレビ番組の収録でお会いした鈴木保奈美さんにも「この作品が一番好き」と言ってもらえました。「若年妊娠」を描きましたが、そもそも私は、なぜ高校生が出産してはいけないのかがわからないんです。自立していない年齢ならば性行為そのものに慎重であるべきなのはもちろん重要ですが、それでも妊娠してしまったら? 「高校生だから出産はあきらめるべき」「無理に産んだら不幸になる」という価値観には疑問があります。なぜ子どもを産んだら、学生としての生活やこれからの未来が全部台無しになってしまうという前提になるのだろう? こんなに少子化を問題視しているのに、矛盾しています。もしも「予定外に妊娠したが産み育てたい」という子がいるなら、周囲がもっとサポートして、出産が叶う環境をつくったほうがいいと思います。子育てしながら大学に通って、就職もできる。本来ならそんな柔軟な社会になったほうがいいはず。作品にはそんな願いも込めたつもりです。

単行本『ツミデミック』(光文社・1870円)

大学を中退し、夜の街で客引きのバイトをしている優斗。ある日、バイト中に話しかけてきた大阪弁の女は、中学時代に死んだはずの同級生の名を名乗った。過去の記憶と目の前の女の話に戸惑う優斗は──「違う羽の鳥」  調理師の職を失った恭一は家に籠もりがちで、働く妻の態度も心なしか冷たい。ある日、小一の息子・隼が遊びから帰ってくると、聖徳太子の描かれた旧一万円札を持っていた。近隣の一軒家に住む老人からもらったという。隼からそれを奪い、たばこを買うのに使ってしまった恭一は、翌日得意の澄まし汁を作って老人宅を訪れるが──「特別縁故者」  先の見えない禍にのまれた人生は、思いもよらない場所に辿り着く。 稀代のストーリーテラーによる心揺さぶる全6話。

 

 

時に中年男性、時に女子高生、時に孤独な主婦と、どんな主人公の気持ちにも寄り添って、疑似体験させてくれる一穂さん。読めば必ず「もしかして私の心も見えてる……?」と思うはず!(本企画担当ライター・樋口可奈子)

 

PROFILE

一穂ミチ(いちほ・みち)さん

大阪府在住。2007年『雪よ林檎の香のごとく』でデビュー。劇場版アニメ化もされた『イエスかノーか半分か』などBL作品を中心に執筆する。21年、一般文芸作品としては自身初となる単行本『スモールワールズ』で、吉川英治文学新人賞を受賞。同作と22年『光のとこにいてね』がともに本屋大賞第3位、直木賞候補作に選ばれた後、24年『ツミデミック』で第171回直木賞を受賞。

\あわせて読みたい/

【出産・育児のお守り本】VERYライターが子育て中に読んだ小説&エッセイ<10選>

【故・山本文緒さん】V ERY独占インタビュー『自転しながら公転する』ドラマ化記念

【カサンドラ症候群って?】モラハラだけじゃない“辛い夫婦関係”の乗り越え方

構成・文/樋口可奈子