売れないグラドルから、港区の選ばれし女へ――西麻布で“女子アナ”を蹴落とし始まった下剋上

「港区女子」。それは何かと世間の好奇心を煽る存在。

彼女たちは一体どんな女性なのか? そんな議論が度々上がるけれど、港区で暗躍する素人美女、パパ活女子、あるいはラウンジ嬢など……「港区女子」の意味合いや捉え方は人それぞれ。

そして謎に包まれた彼女たちにも時間は平等、歳をとる。港区女子たちは、一体どんな着地をしているのだろうか。現在アラフォーとなっていると思しき元港区女子たちの過去と現在に迫る。

※この物語は実際の出来事を元にしたフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

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『サヨナラ、港区女子』

【亜希の過去】渋谷の記憶は、タクシーの窓から

もう滅多に来なくなった渋谷。稀にスクランブル交差点をタクシーで通りかかると、ふと思い出す。

赤いマフラーに、安いヒール。風にあおられ傷んだ髪がぐちゃぐちゃになった自分の顔。

まだ「AKI +」ではなかった頃。私は、売れないグラビアアイドルだった。

週刊誌の端に小さく載るような撮影に呼ばれては笑顔で胸を寄せ、ようやく出られたバラエティ番組では「アホの子」みたいなキャラを求められ、うまく返せず帰りの電車で泣いた。親には「無理に東京なんて行くから」とため息をつかれ、事務所には「もっと色気を出せ」と呆れられた。

でも、私が欲しかったのは、色気ではなく“選ばれる力”だった。

選ばれさえすれば、すべてが変わる。そう信じていた。

狙った獲物

東堂さんと出会ったのは、28歳の冬。もうグラビアの仕事も尽きかけて、撮影会も減っていた頃だった。

夜の店で働くようになって1年ほど。私は指名の取れる女になる努力を必死でしていた。

会話のテンポ、グラスの角度、足を組むリズム。売れっ子の女たちを見様見真似で演じているうちに、少しずつコツを掴んだ。接客業はグラビアの仕事よりずっと楽だった。

東堂さんは、そんなある夜、カウンター席に静かに座っていた。

ラウンジの照明に浮かぶ彼の顔立ちはごく普通だったけれど、その存在感は群を抜いていた。スーツも時計もわかりやすく高価ではないのに、隣に座った瞬間、空気が変わる。

人付き合いは上手なのに、どこか一線を引いている。賑やかな輪の中にいても、常に俯瞰で物事を見ているような人だった。いかにもパパ活狙いの男たちとは、明らかに格が違う。

聞けば、彼は莫大な資産を得た敏腕経営者で、世界中をプライベートジェットで飛び回り、都内や海外に複数の自宅や別荘を持つという。もちろん既婚で可愛い奥さんと子どもがいて、さらには複数の愛人を抱えているそうだった。

ほどなくして、東堂さんは私の席にやってきた。

「君の目……可愛いね。強がってるみたいで」

私は何も言わなかった。ただグラスを傾け、視線を返すだけ。

“面白い女”と思わせたかった。

「選ばれる」と決めた夜

二度目に東堂さんが来店した日、彼は女性を連れていた。

小柄で、華奢で、くりくりした目が好奇心たっぷりに店内を見回す。素人離れした人形のような顔。どこかで見たことがあると思ったら、某局の朝の情報番組に出ていた女子アナだった。

この子、由利。可愛いでしょ? 一応、女子アナで慶應卒」

そう紹介されたとき、私は胃の底をキュッと掴まれるような不快感を持った。

――そんな完璧なスペックの子が、なんで「愛人枠」に?

由利という女は笑顔を絶やさず楽しそうに話していたけれど、「ねえ東堂さん、今度の年末はオーストラリア行きたい~。寒いのやだもん」とか、「由利、フグは食べられないよぉ~。あれ顔が可哀想すぎてムリ」とか、そういう天然アピールみたいな発言がいちいち鼻についた。

子どものような駄々と、空気の読めない甘え方。一見無垢に見えても、私にはただの甘やかされた子どもにしか見えなかった。

――私だったら、もっとお利口なお姫さまを演じられるのに。

彼が求めているのは、可愛いだけの女じゃない。きっと、もっと都合よく空気を読める女だ。由利が化粧室に立ったとき、東堂さんはそっと私を見て、囁くように言った。

「君は、騒がないね」

「騒がしい子が、好きですか?」

静かに答えると、東堂さんは口元を緩めた。

狙い通り。私は、その夜に決めていたのだ。この人に“選ばれる”と。

 

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【続】フォロワー20万人超え「選択的シングルマザー」の正体――元・港区女子の人生編集術

小説/山本理沙
作家・コラムニスト。ミモレ、現代ビジネス、東京カレンダーWEBなどで人気連載を多数執筆。『不機嫌な婚活』(講談社)や2022年にドラマ化された『恋と友情のあいだで』(集英社)など、東京で生きる女性のリアルな心情を描いた作品が話題に。Podcast「ママの休憩所」も好評配信中。

イラスト/黒猫まな子

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