浮気された友達に呼ばれた、一夜の話。【金原ひとみさん特別寄稿『ドーンブレイク』】
仕事や家事や育児で目まぐるしい毎日……。そう、母にも夜の解放時間が必要なんです。今回お届けするのは、そんな母達の一夜を綴ったショートストーリー。芥川賞作家・金原ひとみさんによる、特別寄稿です。
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『ドーンブレイク』 金原ひとみ
旦那の浮気が発覚したからとにかく飲み明かしたい。
絵麻からのLINEは切羽詰まっている様子ではなく、彼女の中で何かしらの結論が出ているのだろうと思わせる、据わった肝を感じさせた。
適当なオイスターバーで待ち合わせると、絵麻は経緯を全てぶちまけた。すでに相手の女に慰謝料を払わせ、旦那とも話し合いを終えており、GPS常時オン、仕事は直行直帰、お小遣い減額、絵麻が好きな時に好きなだけ飲みに行くために旦那は最大限の努力をしなければならない、という条件で合意したのだという。
「でも周りはママ友ばっかだし、里奈くらいしか気軽に呼び出せなくてさ」
子供が中学生で、週末は離婚した元夫のところに泊まりに 行くため、私は比較的自由がきくのだ。くらいしかという言い方に引っ掛かりつつ、まあ何でも付き合うよと持っていたグラスで乾杯した。
オイスターバーの後は絵麻の希望でホスクラの初回に行って九十分、めくるめくホスト交代でヘトヘトになり、仕切り直しで私の行きつけのシーシャバーで店員とジェンガとUNOで盛り上がり、ワインバーで赤白一本ずつ開けると、深夜三時、絵麻が行きたいと言い出し、タクシーで五反田に向かった。
「なんで五反田?」
「昔の彼の仕事場がこっちの方で、よく来てたんだよね。お互い実家暮らしだったから、この辺のホテル泊まったりしてさ」
へーと言いながら懐かしがる絵麻について歩き、場末感のある焼き鳥屋に入った。
「ここも彼とよく来てたんだ」
「あれだよね? 今の旦那の前の前? だっけ。私はあの人と結婚すると思ってたよ」
「私も結婚すると思ってたよ。あのくらいの束縛我慢しとけば良かった。浮気より百倍マシ」
絵麻は自嘲的に言ってせせりにかぶりついた。閉店まで粘って出ると外はもう明るくて、駅に向かう絵麻の後ろ姿を見て、私は絵麻が結婚を考えるほど好きだった男とこの辺りで何度も手を振り合ったのだろうと想像する。これから浮気した男と暮らす家に帰る絵麻を思うと、胸が苦しくなった。
またいつでも呼んでよと言いながら、結局絵麻は元の生活に戻って、あんまり連絡してこないんだろうなと思う。十代の頃から、彼氏との間に問題が発生すると呼び出す子だった、そう思いながら、私地下鉄ー、私JRー、と言い合って手を振る。それでも子供のため、生活のため、と離婚しない理由を明言し、もう全然好きじゃないと半笑いで呟いた絵麻のことを、やっぱり私は嫌いになれないなと、その背中を愛でるように見つめてから、階段を降り始めた。

ジャケット¥99,000(カオス/カオス丸の内)オールインワン¥29,700(HER.)バッグ¥594,000レインカバー¥48,400(ともにヴァレクストラ/ヴァレクストラ ジャパン)パンプス¥73,700(ネブローニ)ピアス¥13,200(ダブルスタンダードクロージング/フィルム)チェーンネックレス¥20,900(ローラ ロンバルディ/八木通商)サークルモチーフネックレス¥39,160バングル¥61,600(ともにソコ/ズットホリック)リング¥231,000(モニス/フォーティーン ショールーム)
撮影/鏑木 穣(SIGNO)モデル/中越典子[身長:163㎝] ヘア・メーク/シバタロウ(P-cott)スタイリスト/井関かおり ※情報は2025年9月号掲載時のものです。
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