小説『目立った傷や汚れなし』が見せつける“他人の評価”の怖さって?【VERY誌上読書会】
2児のパパ書評家・吉田大助さんがホストを務めるVERY的誌上読書会。今回は、作家カツセマサヒコさん推薦『目立った傷や汚れなし』を深掘り。夫婦の価値観のズレや小さな傷が浮かび上がる物語から、今どき家族のリアルと向き合います。
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「今、語りたい一冊」は?
VERY的 誌上読書会
「家事育児に聖域を作りたくない」2児のパパで、作家
カツセマサヒコさん
Recommend!
『目立った傷や汚れなし』
見過ごすほど小さな傷が
相手にとっては致命傷。
夫婦ってそんな
瞬間がたくさんある
『目立った傷や汚れなし』
児玉雨子 著 (河出書房新社)
フリマアプリのせどりサークルに加わった主人公は、物の価値を見極める快楽にのめり込み、休職中の夫との距離が広がっていく。
❝大事件は起きない。
でも「夫婦とは
ドラマでしかない」❞
吉田 “夫婦の価値観”のズレが日常の細部からじわ~っとにじみ出るような一冊でした。
カツセ 何を隠そう妻がVERY愛読者ですし、夫婦の話を取り上げたいと思って、この本を選びました。付き合っている頃から「金銭感覚の違い」をお互いなんとなく理解していたつもりでも、一緒に暮らして初めて「何を無駄と思うか、何に価値を置くか」の基準がそれぞれ違うことに気づく人も多いと思って。
吉田 作品では主人公がフリマアプリにハマり、どんどん価値の判定に巻き込まれていくじゃないですか。それが夫婦のコミュニケーションをも侵食していく。
カツセ まさに「目立った傷や汚れなし」のタイトルの通り、「小さな傷だと思っていたものが、相手にとっては致命傷だった」みたいな瞬間が、この小説にはたくさん出てきます。休職している夫の分、主人公である妻が無理を背負い込み、その思いやりがかえって二人の溝を広げてしまう…そんな怖さが、読んでいて胸に残りました。ここまで大きな問題ではないのですが、うちもお金の扱いは妻のほうが几帳面で、僕はどうしても大ざっぱ。「使いたいなら稼ぐしかない」と考えがちな僕に対して、妻は少しでも安いものを求めて、遠くのスーパーまで足を運んでくれる。その丁寧さとの差に、改めてハッとしたり…。
吉田 「大きな事件が起こらない日常の中に、日常を転覆させる大きな感情が潜んでいる」という視点でも、面白く読める一冊でした。
カツセ それに、ささいな選択にもいつの間にか他人の評価が入り込んでくる怖さって、今特にありますよね。住む家も、買う物も、着る服も、自分がどうしたいかより「どう見られるか」で揺れがちな時代。外部の物差しに振り回されるのは、女性も男性も一緒だと思います。
吉田 そういう意味でも、カツセさんも参加された『パパたちの肖像』の等身大で語るパパの声が心に響きました。
カツセ 「夫婦というユニットが、どうバランスを取るか」をずっと考えていたんですが、このアンソロジーに参加する中で、その輪郭がよりはっきりしてきました。僕自身は妻と背中を預け合う関係性でいたいです。お互いを信頼して、ときどき立ち止まって目線を合わせ直しながら進む。そんな関係でいたいことを自分でも確かめた一作になったと思います。
吉田 向き不向きって性別に関係なく、人によって違う。これまでワークライフバランスって、自分一人の仕事と生活の比率だと思っていましたが、カツセさんの「そういう家族がそこにある」という一篇を読んで、夫婦それぞれの特性や役割のバランスをどう整えるか、という話でもあるのだと気づかされました。夫婦の関係って、なるべく気にしないよう日常を過ごしているけれども実は、ドラマチックですよね。
カツセ 世の中は「正しい夫婦像」をいくつか提示してくるけれど、実際には数え切れないほどの組み合わせがあって、そのどれもが正解なんですよね。
吉田 うちは妻が会社員なのもあって、小学校のイベントごとにはたまに僕が行くんですが、「この人は何をやっている人なんだろう、と思われているかも?」とビクついていました。これからはもっと胸を張って出かけたいと思います(笑)。
カツセ 我が家も現状は専業作家と専業主婦という、珍しい組み合わせ。「どんな生活をしているのだろう」と思われているかもしれません。いろんな家庭があっていいですよね。
\ これもオススメ! /
『パパたちの肖像』
外山薫、カツセマサヒコほか(光文社)
父親をテーマにした7名の作家によるアンソロジー。仕事、育児、夫婦関係の間で揺れるパパのリアルを多面的に描く。現代の家族像を考える。カツセさんの一篇「そういう家族がそこにある」収録。
Profile
印刷会社、編集プロダクション勤務を経てライターとして活躍。’20年『明け方の若者たち』で小説家デビュー。結婚と離婚の真理に踏み込んだ『ブルーマリッジ』、エッセイ集『あのときマカロンさえ買わなければ』ほか。小学生2人のパパ。
[ ホスト ]

吉田大助さん
書評家・ライター。文芸からカルチャーまで幅広く批評を手がける。ロングインタビューをまとめた『別冊ダ・ヴィンチ 令和版 解体全書 小説家15名の人生と作品、好きの履歴書』が発売中。2児のパパ。
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撮影/坂田幸一 取材・文/樋口可奈子 編集/中台麻理恵
*VERY2026年2月号「今、語りたい一冊は?VERY的誌上読書会」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。