【RESTAURANT】ひと皿の向こう側/中国菜 四川 雲蓉(ユンロン)後篇
成都でもなかなかお目にかかれない
四川の伝統料理が味わえる小さな名店
前半でご紹介したこちら四川の伝統名菜「雪花鶏淖(シュエ ホア ヂー ナオ)」。22歳のときに初めてこの料理を食べて感激した北村和人さんは、なんとしてでも作り方を学びたいと、成都の名店『芙蓉鳳花酒楼』に通い続け、その門が開かれたのは8年後。四川省以外の人間が厨房に入るのは不可能に近いそうです。しかも、すぐにその実力が認められて幹部に。2年間で多くのことを学んだそうです。
ちなみに、鶏は徳島の地鶏、阿波尾鶏の胸肉を使用。左手に包丁(北村シェフは左利き)、右手に爪楊枝を持って、ひたすら叩いて、筋を取り続けます。
最近では四川の伝統料理を作ることができる料理人が少なくなっていることに加え、手間と時間がかかるうえに、採算も取りにくく、需要も減っている高級伝統料理や高級宴席料理。家庭料理に切り替える店も急増しているそうで、この「雪花鶏淖」が食べられる店は成都でも数軒だけなのだとか。
こちら「エビチリですね」と、北村シェフがおっしゃるひと皿は「大千乾焼有頭蝦(ダーチェンガンソウヨウトウシャー)」(有頭大海老の美食家が愛したチリソース煮込み)¥3,300(税別)。
“大千”というのはこの料理を愛した著名な書画家の張大千のこと。美食家としても知られ、その名を冠した鶏料理や魚料理がいくつかあるそうです。
「彼の生まれた四川省内江(ネイジャン)は、重慶に近く、重慶では豆板醤を使う赤い料理が多い。成都だとこの料理に豆板醤は使わず黄金色なんですよ。現地だと海老ではなく川魚を使うのですが、日本人好みの海老を使ってみました。」(北村シェフ)
自家製の豆板醤を使ったチリソースには、甘酒、旬の野菜の枝豆とニガウリも入っています。添えられたトマトの卵炒めは北村シェフの大好きな家庭料理。ここにも旬の野菜、トウモロコシが加えられています。
そして、こちらは「椒香酸菜魚(ジャオシャンスァンツァイユー)」(長崎県五島産放血神経〆赤ハタ 青菜の乳酸発酵古漬けの酸っぱい辛い煮込み)¥5,000(税別)
( )の中の説明を読んでいただければ、この料理の内容がほぼおわかりいただけると思いますが、放血神経〆が行われた赤ハタは、臭みがなく、身の旨味が強く、ぷりっぷりです。
スープには、それぞれ異なる塩分で漬けた、からし菜とのらぼう菜の古漬け、新生姜と小さい唐辛子のピクルス、刻んだ塩漬け唐辛子などを使用。酸味も塩味も辛味もそれらからのもの。とても自然な味わいと香りです。
豆板醤、豆豉、水豆豉、辣油、ネギ油など、調味料はすべて自家製、自宅のひと部屋は発酵部屋と化しています。新鮮さと旬の美味しさにこだわる野菜は、北村シェフの地元・三鷹産を使用していて、休日は半日かけて農家を回るのだそうです。
北村シェフが初めて作った料理はチャーハン。なんと幼稚園児の頃というから驚きです。「父がフランス料理好きで本棚にボキューズとかエスコフィエの本が並んでいて、そこにあった陳建民さんと健一さんの本を手に取ったのが中国料理に興味を持ったきっかけです」(北村シェフ)
地元の『桃園』、『五十番』のアルバイトから始まり、原宿『龍の子』、山の上ホテル『中国料理 新北京』、西麻布『老四川 飄香』などの国内の名店、そして、成都『 芙蓉鳳花酒楼』で多くを学んだ北村シェフのひと皿の向こう側には古き良き四川が見えます。北村シェフの夢は、発酵させる素材も自分で栽培することだとか。成都に8年通い続けたシェフなら、それが実現する日もそう遠くないように思います。楽しみです。
お店は、著名な篆刻家である父・北村鐘石さんが営む『青雲堂印房』の店舗を一部改装。四川の古民家に使われる“青煉瓦”を壁に使用。硬い印象にならないようにと、デザイナーがところどころ向きを変えるなどしてリズムを作ってくれたそうで、程よい異国感が漂い寛いだ気分になれます。
美しい篆刻看板が目印です。
中国菜 四川 雲蓉/東京都武蔵野市吉祥寺本町2-14-1『青雲堂』右側のドア
☎0422-27-5988
営:11:30〜14:30(L.O.14:00)18:00〜22:00(L.O.21:00)
休:火曜、水曜
*2018年12月23日OPEN
*新型コロナウイルス感染拡大防止対策の影響により、営業時間や定休日は変更する場合があります。
撮影/牧田健太郎 取材・文/齊藤素子 構成/松本朋子