LIFE STYLE】パリ近郊 花とともに暮らす③気配
雨が降った。
カラカラに乾燥した暑い夏を乗り越え大粒の雨が空から落ちてきた。
明日パリへ出荷する為に、フランボワーズの葉を切りに菜園の方へ歩いて行く。
庭は昨日の雨で潤いみずみずしい。
アルケミラモリスの葉っぱの上にいくつもの水滴がガラス玉のようにたまり、キラキラ光っている。
アスパラガスの葉の上の小粒の水滴は蜘蛛の巣に引っかかった小さな虫の様だ。
雨の足跡が庭中に残されている。
農園の建物の一角で足が止まる。
石の壁際に紫陽花が咲いている。ここを通りかかる時・どうしても立ち止まってしまうのはこの紫陽花があるからだろう。
初夏の咲き始めの頃の花びらは淡いピンク、それに少しずつ濃さが増す。その変化は、ある時はゆっくり、またある時は突然でもある。咲き始めてから3か月くらい経っただろうか。いつの間にか花びらは落ち着いたセピア色のピンクや緑に染まり微妙な大人の色調になっていた。
花の色の移ろいの時間は画家が色を重ねていく時間に似ているように思う。自然が、人間の見えない所で花びらに色を浸み込まして行くのだ。
葉は少し銅色に変わり、虫に食べられて穴もあいている、その植物のそれまでの歩み、のようなものが垣間見える。
植物に刻み込まれた時間。それは花や枝葉の色や状態に封じ込められた
植物の記憶、なのかもしれない。そして、それがいつも愛おしく感じる。
雨は風を連れてきた。
昨日の夜、お茶を飲んでいると2階の天窓を打つ激しい雨音と木々の枝葉が大きくわさわさと揺れる音が聞こえた。少し怖いくらいだった。今朝、庭にはまた落ち葉が増えていた。
植物から放たれる少し湿った空気・雲に覆われた空。
雨がこの前までの暑い夏をさっ、と変えてしまった。
フランボワーズを切り始める。袖口が水に濡れて冷たい。葉は5月の青々とした頃に比べると乾燥気味で丸く内側にくるまっているものが多い。ハサミで地面すれすれの位置で切り取るのだが、切り口を少し入れただけでポキッと折れてしまう枝もある。あと1、2か月で出荷も終わりだろう。この枝って人間でいえば何歳くらいなのかな、そんなことも頭に浮かぶ。
季節が移った・と感じる瞬間がある。
それはカレンダーに規則正しく書かれた数字でもなく、温度計や何かの行事でもない。空気や光りの具合・庭の花や植物がかもしだす気配。そういった曖昧なものから自分勝手に感じ取っているのだと思う。それは自然との言葉の無い会話。
夏の終わり・秋の入り口。
日差しが優しい。
文・西田啓子/ファーマーズフローリストInstagram@keikonishidafleuriste
フランス・パリ近郊花農園シェライユ在住。パリの花のアトリエに勤務後、自然を身近に感じる生活を求め移住。以来、ロ-カルの季節に咲く花を使いウエデイングの装飾や、農園内で花を切る事から始める花のレッスンを開催。花・自然・人との出会いを大切にする。
https://keikonishida-fleuriste.jimdo.com/