俳優・中村ゆりさん 映画『パッチギ!』後に味わった喪失感「順風満帆に見えても、心は苦しかった」
画面の中や舞台に現れると、その場を澄んだ空気で満たしてしまう俳優・中村ゆりさん。儚げな美しさと凛とした強さを併せ持ち、確かな演技力と唯一無二の存在感で作品を彩ってきました。そんな中村さんに、これまでの俳優としての歩みや40代を迎えてからの心境の変化、そして暮らしの中で大切にしていることまで、ご自身の“今”を等身大の言葉で語っていただきました。
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虚無感を感じた10代を経て、ようやく見つけた”努力の矛先”
友人の一言に背中を押され、19歳から20歳の頃にオーディションを受け始めました。初めて出演が決まったのは、2003年のグ・スーヨン監督の映画『偶然にも最悪な少年』。社会に対して鋭い問題提起を投げかける作品で、そんなクリエイターと出会えたことが、その後の俳優人生の方向性を決めるきっかけになりました。
体当たりで役作りに臨む中で、自分の言葉をしっかりと持ちながら作品をつくる制作陣の姿にも大きな刺激を受けて。それまで感じたことのない充実感もあったし、10代の頃には見えていなかった、努力すべき矛先が明確になった気がしたんです。
そこからは、お芝居の世界に一気にのめり込んでいきました。まだ実績なんてほとんどなかったのに、モチベーションと生意気さだけは人一倍ありましたね(笑)。
役者としての土台を築いた『パッチギ! LOVE & PEACE』
大きな転機となったのは、井筒和幸監督が手がけた2007年公開の映画『パッチギ! LOVE & PEACE』でした。当時、井筒監督作品への出演は“井筒学校”と呼ばれていたほど厳しい指導で知られていました。それでも俳優一人ひとりの魅力を引き出してスクリーンで輝かせるパワーがあったので、多くの役者が出演を熱望していたんです。そんな中、たまたまオーディションの話が舞い込んできました。
監督はお芝居だけではなく、生い立ちや家族構成など、「どんな人生を歩んできたのか」をじっくり聞いてくださって。「それならキョンジャというヒロイン役が合うかもしれないな」と言っていただき、出演が決まりました。
それまでのオーディションでは、“印象の強さ”で判断されることが多かったから、私自身のパーソナリティを見てもらえたことが純粋に嬉しかった。俳優になるまではコンプレックスに感じていたことも、役者としては強みに変えられる。どんな経験も芝居の糧になるのだと知り、俳優という仕事の面白さややりがいを強く感じるようになりました。
井筒監督の指導は想像以上に厳しく、”つらい”と感じた瞬間も。でも、「こんなチャンスは二度とない」と思っていたので、何を言われても受け止められるようメンタルを整えていましたね。監督の言葉は私にとってすべて腑に落ちるものばかりで、ひとつ残らず吸収したいという気持ちで向き合っていました。役者として本当に必要なことを、一から叩き込まれた貴重な時間だったと思います。
充実感の先に待っていた、心の葛藤
順調に走り出したように思えた俳優人生でしたが、挫折感を味わったのは『パッチギ! LOVE & PEACE』を終えてからのこと。私にとって意義深い作品だった分、喪失感にも似た感情が消えなくて……。
その後も素晴らしい作品との出会いは沢山あったんです。でも、『パッチギ!』を超えるほどの熱量を注げていないのではという焦りや、自分でも説明のつかない燻るような思いがずっと拭えなかった。何かに突き動かされるように演じていたその感覚を忘れられず、どこかで同じような経験を求めていたのかもしれません。
その一方で、自分の感情に流されず仕事としてやり切る覚悟も大切にしていました。役者として生きていくためには、どんな作品にも責任を持って、最後までやり遂げる意志は不可欠ですから。そういう意味では、若い頃から培ってきた根性にも助けられていた気がします。
もがき続けた時代を乗り越えて、心の余白が生まれるように
「何でもやります!」とがむしゃらだった10代、やりたいことが見えてきた20代を経て、30代まで仕事第一でブレずに走り続けてきました。うまくいったかどうかは別として、全力で向き合ってきたという自負はあります。そのおかげか、必要以上に焦ったり、自分を追い込んだりすることがなくなりました。
もちろん、仕事だけでなく家族のことや健康など、年齢を重ねるほど悩みは尽きないもの。大変なことが続いて思い通りにならないこともあるけれど、「今の自分に必要な出来事なのかも」と俯瞰して受け止められるようになったんです。ジタバタしても変わらないこともあるし、自分の努力次第で変えられることもある。その境界線が見えるようになったのは大きな変化ですね。若い頃にもがきながら仕事と向き合ってきた時間が、今の精神的な余白につながっているのかもしれません。
大人になって気づいたのは、人と支え合うことの大切さ
40代になった今改めて感じるのは、「役者は一人ではできない仕事」だということです。これまでもたくさんの人に助けてもらってきたし、きっとこれからもそう。だからこそ、周りの人たちが気持ちよく仕事ができるよう、自分に何ができるかを考えるようになりました。
もう一つ大きな変化は、「色々な人がいていい」と多様な価値観を認められるようになったこと。若い頃は「こうあるべき」という思いが強かったのですが、「こんな考え方や生き方もあるよね」と視野が広がりました。
自分の好き嫌いで判断するのではなく、「相手が喜んでくれるかもしれない」という視点で行動できるようになったのも最近感じている変化です。未熟だった部分が少しずつ埋まってきたことで、人との関わり方もより一層穏やかに。生きるのがずいぶん楽になりました。
中村ゆりさん profile
1982年生まれ、大阪府出身。1996年にアイドルとしてデビューし、2003年より俳優としての活動を開始。2007年、映画『パッチギ!LOVE&PEACE』のヒロインに抜擢され、全国映連賞女優賞を受賞。以降、映画やドラマ、舞台、ナレーションなど、幅広い分野で活躍中。2025年第45回ポルト国際映画祭ディレクターズウィークベスト女優賞を受賞。現在は、映画・特別先行版「鬼平犯科帳 本所の銕/密告」 に出演中。
衣装協力:ワンピース¥55,000(ハイク/ボウルズ)ピアス¥46,200・ネックレス¥52,800(リューク)リング(右・人差し指)¥28,050・リング(左・小指)¥28,050(プリュイ/プリュイ トウキョウ)リング(左・人差し指)¥94,600(プライマル)レーストップス(スタイリスト私物)
<SHOP LIST>
ボウルズ 03-3719-1239
プライマル support@prmal.com
プリュイ トウキョウ 03-6450-5777
リューク info@rieuk.com
撮影/遠藤優貴 ヘアメーク/AYA(TRIVAL) スタイリスト/辻村真里 取材・文/渡部夕子 構成/福吉由紀子
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