親の『中学受験は大変だから小学校受験』というマインドの正体【外山薫さんインタビュー】

「共働きで中学受験をさせるのは大変」。そんな一言から小学校受験に足を踏み入れた家庭を描いた『君の背中に見た夢は』。お受験小説でありながら、東京に生きる共働き女性たちの苦悩や葛藤も見事に描いています。作者の外山薫さん自身は子どもを受験させた経験はないものの、共働きで子育てに奮闘する一人。そんな外山さんが見た小学校受験の現実や魅力、さらに現代の親にありがちな「焦り」について、話を聞きました。

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“小学校受験は「家庭の姿」を見られる世界”

 

――中学校受験と湾岸タワーマンションをテーマにした前作『息が詰まるようなこの場所で』は、大きな反響を呼びました。今作は小学校受験を取り上げていますが、なぜこのテーマを選んだのでしょうか。
前作で描きたかったのは、「東京の中の上の暮らし」。タワマンに住んで中学受験させると聞くと、一見恵まれた生活のように見えます。でも実態はカツカツで暮らしている普通のサラリーマンだったりする。そのギャップが面白いと感じました。2作目も同様に、SNSでは盛り上がるのに実態が外からは見えづらい話題として、小学校受験の世界を取り上げようと思いました。以前からX(旧Twitter)でフォローしていた人にコンタクトを取って、その方の紹介も含めて最終的には10人くらいの人に話を聞きました。その中には幼児教室の先生をやっていたという人もいます。

――SNSで取材先を探すのは外山さんの作品の特徴です。
そもそも代々小学校受験をさせてきたような名家の人々のほとんどは、SNSに書き込みなんてしません。お受験に強い幼稚園と個人のツテだけで、知りたいことはわかります。情報開示はリスクでしかないのです。私が惹かれるのは、最近参入してきた「パワーカップル」たちの姿です。世帯年収1000万円超で都内にマンションを持ち、生活が豊かで教育に関心がある。けれど、忙しいので3年間中学受験のサポートをするのは厳しいと感じている。その点、小学校受験は1〜2年だけ幼児教室に通うのが主流なので、「短期決戦で大学までの道のりをつくろう」と考える人が増えているようです。これは取材した幼児教室の先生も指摘していました。

――本作の主人公の茜も、まさに中学校受験回避を選んだ一人です。ところが、いざ始めてみると思っていた以上にお金も時間も、自分のリソースの全てを受験のために割かなければならないことに気づきます。拝読しながら、茜の苦悩を追体験しているような気持ちになりました。
小学校受験の世界は家庭、特に「母親がどれだけ手間暇かけて育てているか」という点を見られている部分もあるように感じます。給食、学童なんてなくて当たり前。「平日の学校行事に参加できますよね」と平気で聞かれる世界です。共働きの参入が増えても、昭和の価値観がまだまだ残っているような学校もあります。良くも悪くも文化、伝統といったところでしょうか。縁故があるかフリーかで差がつくのも小学校受験の特徴。でもそれを理解したうえで、不合格だったとしても子どもの能力が足りなかったとは決して言わない。「ご縁がなかった」と表現するのは優しい世界だとも感じます。

 

偏差値、出口よりも「どんな子に育ってほしいか」

――作中で、模試の結果で浮かれた茜がお受験教室の先生の一言で現実に引き戻されます。偏差値や進学実績だけに注目する、子どもの成長を焦りすぎるという点は、親が陥りがちな「危うさ」だと感じました。
偏差値という一点だけで測ると、小学校はコスパが良いとは言えないと思います。名門校の付属小に入れるよりも、その大学を18歳で受けたほうが入りやすいので。でも小学校受験の良さを聞いていると、「出口」の話をしている人にはほとんど出会いません。「竹馬の友」ができること、同じ価値観を持つものどうしで交流できることが意義だと感じました。ある意味、就職活動に似たところがあると思います。「自分の子どもにどんなふうに育ってほしいか」を考え抜いて選ばないと、入ってからギャップに苦しむ気がします。

――取材、執筆を通して、外山さんの「小学校受験観」はどのように変化しましたか?
正直なところ、これまで「お受験」には子どもを型にはめるというイメージを持っていました。5歳の子が大人の言うことなんて素直に聞くわけがないだろう、と。でも、実際に取材した小学校受験経験者のほとんどが「やってよかった」と話してくれました。ひな人形にはどんな意味が込められているのか、実際に飾りながら学ぶ。公園で葉っぱをスケッチして、針葉樹や広葉樹の違いを知る。今の学校教育でカバーしきれていないことにも触れています。知っていればより人生が豊かになるという点で、受験させるのも悪くないと思いました。

 

“我が子には学歴よりも「犬と暮らす生活」を与えたい”

 

――外山さんは共働きで複数のお子さんを育てています。ご自身の作品に登場する人物たちのように、お子さんの教育にのめり込むようなことはないのでしょうか。
自分のやりたいことをセーブしてまで、子に人生を捧げるのは難しい性格だと自覚しています。勉強は塾にアウトソースして割り切っているところがありますし、ご飯だけ炊いてスーパーで惣菜を買うのが週に数回。丁寧な暮らしとは程遠いけれど、家族みんなが元気ならOK。これは夫婦共通の価値観です。
唯一、英語教育にだけは力を入れています。私は英語コンプレックスがあるので。自分の人生のリベンジも込めて、子どもには英語をがんばってほしいと思っています。小説では誰かの生き方についてあれこれ書いていますが、客観的に見れば自分自身も「ダサい人」の一人。そこそこ勉強して大学に入り、共働きで住宅ローンを組んで東京に暮らしています。SNSでいじっている「東京での消耗する暮らし」には、私自身も含まれています。小学校受験させるのもいいなとは思いつつも、一歩引いて俯瞰するクセがあります。

――そこも外山さんが共感を集めるポイントの一つだと思います。
ありがとうございます。今振り返ると、大学生活で受けた衝撃が大きかったんですよ。慶應で上を見るとキリがないので。だから自分の手持ちのカードで幸せに暮らすことを目指そうと決心しました。
ちなみに、最近犬を飼い始めました。幼少期に親に「犬を飼いたい」とねだったものの受け入れてもらえなかったので、大人になったら絶対叶えたいと思っていました。子どもには学歴よりも、犬と一緒に暮らす生活から何かを得てもらいたいのです。これも自分の人生のリベンジと言えるかもしれません。

 

仕事も育児も手を抜けない現代のママたちへ

――勝手ながら、未就学児のママが中心で教育への関心が高いVERY読者と、外山さんの読者には親和性があるのでは?と思っています。
大学時代の女友だちからは、シンマイさん(2024年3月号まで表紙モデルを務めた申真衣さん)の名前をよく聞きます。「シンマイさんのエッセンスだけでも真似したい!」と。憧れの存在のようです。
今の30〜40代は子どもの教育にも熱心なうえ、仕事や家事に対する責任感が強い人が多いですよね。男性が育児参加するようになったとはいえ、まだまだ女性に負担が偏っていると感じます。今作にはそうしたジェンダー的な観点も盛り込んだつもりです。小学校受験の世界を追体験する一冊としても、また茜を通して今の自分を見つめる一冊としても、ぜひ手に取ってもらえるとうれしいです。

Profile 外山 薫さん
1985年生まれ。慶應義塾大学卒業。2023年に『息が詰まるようなこの場所で』で作家デビュー。現在も会社員として勤務するかたわら、執筆活動を続けている。

 

『君の背中に見た夢は』
外山薫・著、KADOKAWA、1,760円

テレビ局で働く夫を持ち、自身も大手化粧品メーカーで働く主人公の茜は、ある出来事をきっかけに小学校受験に興味を持つように。5歳の娘・結衣を幼児教室に入れたものの、仕事と家庭の両立、非協力的な夫、かさむ教育費に悩み、葛藤する。それでも前に進む茜を待ち受けるものとは?

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撮影/花盛友里 取材・文/樋口可奈子 編集/羽城麻子
*VERY2024年5月号「中学受験は大変だから小学校受験というマインドの正体」より。