ウ侵攻から一年。小泉悠さん語る「世界が戦争に突き進んでいく前にできること」

──ロシアによるウクライナ侵攻から一年。VERYでは、現代ロシアの軍事評論家として数多くのメディアに出演する一方、小学生のお子さんの父親でもある小泉悠さんに話を聞きました(→記事はこちら 【ウクライナ侵攻から一年】“なぜ戦争は起きるの?”と子どもに聞かれたら)。この「戦争」はいつ終わるのか。周辺国を巻き込む事態にならないか。大人にとっても戸惑いや不安は尽きません。「戦争」の不条理さ、不可解さに立ち向かうためのさらなるヒントをいただきました。

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現代において、このような戦争が起きるとは……

 

──ウクライナ侵攻のニュースは日本でも大きな衝撃をもって受け止められました。この戦争の「原因」はどこにあるのか。本誌の取材の中で小泉さんは、「悪者は誰かを決めるだけでは戦争はなくならない」と話していました。

戦後80年近くが経ち、多くの日本人にとって「戦争」というものが、自分事としては話題に上がりにくい社会状況にありました。そこにフルスイングで「ウクライナ侵攻」という古典的な戦争がやってきた。しかも、ロシアが身勝手な言いがかりをつけて隣国を攻め、たくさんの人が犠牲になるという絵に描いたような「悪い戦争」に見える。多くの人は、21世紀の今、なぜこのようなことが起きてしまったのか理解し難いでしょう。「世の中ですごく恐ろしいことが起きている」というのは非常に大きな心理的なストレスなので、何とか自分の心の中で折り合いをつけて、事実と向き合えるようにしようとするのだと思います。想定外のことが起きたときに陥りやすいのが、さきほども(編集部注・VERY2月号掲載)お話ししたような「とてつもなく悪い奴がいる。こいつさえいなくなれば」……という一縷の希望にすがるような考え方です。その傾向がエスカレートすると、「我々は他国からの脅威にさらされているのだから団結しなければいけない」「今は非常時なのだから個人は我慢しなければいけない」といった軍国主義的な方向に向かっていく可能性もあります。やはり、我々は戦争に脅かされる存在であると同時に、知らず知らずのうちに自ら戦争に突き進んでしまう危険性もはらんでいる生きものなのだと思います。

 

軍事研究家としてもショックを受けた出来事

 

今回のウクライナ侵攻で、長年ロシア軍事を研究してきた私も、「これを21世紀のロシア軍がやったのか」と大きなショックを受けました。国境を接する隣国であり、常々「兄弟民族だ」と言っていた相手にもこんなことをするのか……と。近年、テクノロジーの進化とともに、武力攻撃しなくても、サイバー戦や経済封鎖など別の方法で敵国を屈服させる方法があるのではないかという議論は、ロシアやアメリカをはじめ各国でされてきたわけです。それでも、人類が古代から何度も繰り返してきたような野蛮な戦い方はなくならなかった。おそらく我々が付き合っていかなければいけない人間の性みたいなものなのだと思います。人間なんてそんなもんだろう。戦争は避けられないと言ってしまえばそれまでですが、やっぱり私は簡単にあきらめたくないんですよ。

 

それでも人類は進化していると信じたい

 

──ウクライナ侵攻から一年が経つ今も、この戦争がいつ終わるのか、今後の世界情勢がどうなっていくのか分かりません。第3次世界大戦が起きるのではないかと危惧する声も聞こえてきます。

それでも、今を生きる我々がロシアの戦争を見てびっくりしているということ自体、人類の進歩だと感じました。19世紀なら、こんな戦争は珍しくないし、「戦争に勝てなかった」ということで責任を追及されることはあっても、「戦争をはじめた」という理由だけでここまで為政者が責められることはなかったはずです。でも、2世紀分の歳月を経てみると、プーチンに戦争責任があると多くの人が感じているわけですよね。どんな理由があるにせよ、戦争そのものを許さないと考える人が増えたことは、大きな進歩なのだと思います。

 

『ウクライナ戦争』(ちくま新書)

「プーチンの野望とはいったい何か?」「戦場でいま何が起きているのか?」「核兵器使用の可能性は?」「第3次世界大戦はあり得るのか?」「いつ、どうしたら終わるのか?」……2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻し、第二次世界大戦以降最大規模の戦争が始まった。国際世論の非難を浴びながらも、かたくなに「特別軍事作戦」を続けるプーチン、国内にとどまりNATO諸国の支援を受けて徹底抗戦を続けるゼレンシキー。そもそもこの戦争はなぜ始まり、戦場では一体何が起きているのか? 新書書き下ろし。

小泉 悠(こいずみ・ゆう)

1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター専任講師。専門はロシアの軍事・安全保障。著書に『「帝国」ロシアの地政学──「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版、サントリー学芸賞受賞)、『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書、猪木正道賞受賞)、『ロシア点描』(PHP研究所)、『ウクライナ戦争の200日』(文春新書)等。家族はロシア人の妻、娘、猫。

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撮影/古本麻由未 取材・文/髙田翔子 編集/フォレスト・ガンプJr.