【ウクライナ侵攻から一年】“なぜ戦争は起きるの?”と子どもに聞かれたら

ロシアによるウクライナ侵攻からまもなく一年。世界は未だ混迷の中にあり、解決の糸口は見えません。子どもに「なぜ戦争は起きるの?」「ロシアはなぜ戦争をはじめたの?」と聞かれたとき、皆さんはどう答えますか? 現代ロシアの軍事評論家として数多くのメディアに出演する一方、小学生の子どもを持つお父さんでもある小泉悠さんに話を聞きました。

*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。

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ウクライナ侵攻から一年
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小泉 悠(こいずみ・ゆう)さん

1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター専任講師。専門はロシアの軍事・安全保障。著書に『「帝国」ロシアの地政学──「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版、サントリー学芸賞受賞)、『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書、猪木正道賞受賞)、『ロシア点描』(PHP研究所)、『ウクライナ戦争の200日』(文春新書)等。家族はロシア人の妻、娘、猫。

人間が生きているかぎり、
戦争はなくならない。でも……

──「なぜ戦争は起きるの?」……子どもにそんな質問をされることがあります。小泉さんならなんと答えますか?

ロシアによるウクライナ侵攻以降、「パパ、今日何時に帰ってくるの?」と娘に聞かれて、「プーチン次第だね」なんて返事をすることが増えました。私が軍事評論家だからといって、家の中でいつも戦争の話をしているというわけではないのですが、妻はロシア人ですから、今回の戦争が起きたことに非常に大きなショックを受けています。知り合いが動員されるかもしれない、といった話が夕食の話題に上ることも。そんな家庭環境ですから、娘は同年代の子どもたちに比べると、戦争のことをとても身近な問題だと感じているようです。

なぜ、こんな事態が起きるのか。「とにかくプーチンが悪い」などと、戦争を起こした「犯人」を名指しして分かりやすく語ることもあると思います。ただ、その考え方でいけば「悪い奴を排除すれば戦争は起こらない」ということになってしまいます。紀元前、アテネの歴史家にトゥーキュディデースという人がいました。彼は、自身も将軍として参戦したペロポネソス戦争について『戦史』という作品を残しています。トゥーキュディデースは、この中で「人間が戦争する理由」は「恐怖・利益・名誉」であるといいます。

例えば、人は「今、この国を攻めておかないと、10年後にめちゃくちゃ強くなって手がつけられなくなるんじゃないか」とか「実はあの国が先制攻撃を考えているんじゃないか」という恐怖に駆られて戦争を起こすことがある。それから、「外国の土地を奪って金儲けをしよう」という欲望。「俺の代でこの国を征服すれば歴史に残るだろう」「自分の名声が上がれば国内政治は盤石であろう」という名誉欲をもって戦争を起こすことも考えられる。誰しもが持っている欲望や恐怖といったものが混じり合った結果、戦争が起こってしまうということです。2000年以上前の考察ですが、3つの「人間の戦争動機」というものは今の時代も生きているのではないでしょうか。戦地で殺人や略奪など非人道的なことが起こると、「こんなことは人間の仕業とは思えない」と多くの人が感じます。

ところが、実際には人間らしい感情を持っているからこそ、戦争が起きてしまう。僕は戦争って人間性のバグのようなものではないかと思っています。歯が生えていれば虫歯になり、肝臓があればガンになる可能性はあるのだけれど、それがないと生きていけない。子どもに簡単に話すのは難しいけれど、人間が人間らしく暮らしていると戦争が起こってしまう可能性がある。それが分かるからこそ戦争にならないように気をつけなければいけないというところでしょうか。

 

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もしも、今ここにミサイルが
飛んできたら

──今まで、子どもが絵本などで見聞きする「戦争」は、70年以上前の太平洋戦争、第二次大戦の話が多かったです。今の戦争で使われる最新兵器の威力はどのようなものですか。子どもにうまく説明ができません。

単純に兵器の性能だけの話をすると破壊力、殺戮能力をいかに高めるかという各国の競争はだいたい1960年代には終わっているんですよ。当時、旧ソ連が出力57メガトン(火薬5,700万トン分の威力)の水爆実験を北極海で行いました。

これは、仮に日本に落としたとすると、関東平野が丸ごとなくなるくらいの破壊力で、人類が起こしたことがある爆発としては今のところ史上最大規模です。理論的には水爆はいくらでも威力を上げられるのですが、以降は破壊力そのものよりも射程距離や、正確性が重視されるようになりました。

ʼ91年の湾岸戦争以降は、攻撃目標をより正確に狙える精密誘導兵器が主流になっていきます。例えば、米軍の開発したJDAM(統合直接攻撃弾)なら、今私のいる研究室をピンポイントで狙うことだってできるでしょうし、2,000キロ彼方からトマホーク巡航ミサイルを、私を攻撃目標にして発射することもできるでしょう。「現代戦」という言い方をするとき、多くの人が無意識のうちに想定しているのは、こういった現代のアメリカの戦争のやり方です。

ところが同じ現代戦でもロシアの場合は事情が全く違います。プーチン政権下ではウクライナ侵攻以前も、第二次チェチェン戦争やシリアへの軍事介入などがありましたが、いずれもすさまじいほどの無差別空爆を行っています。誘導装置なんかついていない爆弾をバラバラと落とす。すると民間人の被害も甚大になるわけですが、目的さえ遂行できればいいだろうという考え方です。アメリカのように軍事費が膨大にあり、民間人の被害が出ると国内外から大きな批判を受ける国では高額な巡航ミサイルで攻撃対象を狙います。ロシアにもアメリカ並みの威力の能力を持つ兵器がないわけではないのですが、そこまで軍事費はないので、数は持てません。

彼らの論理からすると、テロリスト掃討作戦において、高い兵器を使うのはもったいないから無誘導爆弾でいいということになる。プーチン政権は、国内の主要メディアをコントロールできるので、「民間人は死んでいません」と報道すればいいのだと。結局、人間を殺しているのは兵器そのものではなくて、その兵器を利用する人間なのだと痛感します。兵器の持つ能力以前に、人間が自分たちと同じ人の命をどのように扱うのか、という問題に帰着してしまうのです。

「安全保障」で守るものは何か

──ウクライナ問題をはじめ、今後の世界情勢に不安が募る中で、防衛費を増強すべきか否かなど、世論を二分する議論は日本にも多くあります。

私はやはり軍事屋なので、安全保障について問われたら、今の日本の外交・防衛政策にはあれもこれも足りないと「やることリスト」だけはいくらでも思いつくわけです。自衛隊の数や装備を増やし、周辺国との防衛協力をしたらどうなるか、といくらでも話はできる。しかし、同時に自覚しているのは、我々の意見だけを聞いていると日本はとんでもない軍事国家になってしまう可能性があるということです。私自身は、日本は民主的で自由な国であってほしいし、外交において必要以上の防衛、軍事力を振りかざすようなことはあってはならないと考えます。「安全保障って何を守るんですか」と聞かれますが、結局は価値観を守ることだと思うんです。

もちろん国土や国民の命を守るということは重要ですが、生きて生活さえできれば独裁国家でもいいのかといったら、多くの人はそう考えてはいないはずです。守るべき価値観と外側からの脅威の間でバランスを取るのは非常に難しいです。私を含め、それぞれの専門分野や立場から言うべきことを言うけど、そこでイデオロギー的に考えの違う人のことを排除したり、馬鹿にしたりしないという態度をお互いに持つことで民主国家・日本の国防政策ができていくのではないかと思うんですよね。

これからのウクライナ情勢。
そして世界はどうなる……?

──ウクライナ侵攻から約一年、今後の世界情勢はどのようになるのでしょうか。

僕は、この戦争は長期化すると思っています。そして残念ながら、21世紀の戦争はウクライナの戦争で最後ではないでしょう。冷戦後の感覚では、紛争地域というと中東やアフリカ地域など日本から遠い場所を想像する人が多かったように思います。

しかし、今後は我々が住む東アジアで大規模な戦争が起きるかもしれないし、ロシアの軍事侵攻をはじめ、欧州でふたたび戦争が起こる可能性もある。ロシアの古い団地には、第二次大戦から冷戦時代までに作られた防空壕が残っていることが多いのです。僕が研究のためにロシアで暮らしていたころの住まいにもありました。一度、中を見させてもらったのですが、ネズミか何かの糞尿の臭いがすさまじくとても長時間入っていられるものではなかったです。いまウクライナで、幼い子どもたちが地下の防空壕で遊んでいるような映像を見ると、あんなところで何カ月も過ごしているのかと本当につらくなります。

これから、我々も子どもたちの世代も、命の危険にさらされ、家族と引き裂かれるようなつらい思いをしないでいいようにするためにはどうしたらいいか。戦争はしてはいけない、という認識だけでは戦争を抑止できない時代に入っていることは間違いありません。だからといって、日本も核武装が必要だとか、軍事国家になればいいとは僕は思わない。その上でいかにして抑止力を保つのか。簡単ではない命題だからこそ、考え続けなければならないのです。

『ウクライナ戦争』
(ちくま新書)

「プーチンの野望とはいったい何か?」「戦場でいま何が起きているのか?」「核兵器使用の可能性は?」「第3次世界大戦はあり得るのか?」「いつ、どうしたら終わるのか?」……2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻し、第二次世界大戦以降最大規模の戦争が始まった。国際世論の非難を浴びながらも、かたくなに「特別軍事作戦」を続けるプーチン、国内にとどまりNATO諸国の支援を受けて徹底抗戦を続けるゼレンシキー。そもそもこの戦争はなぜ始まり、戦場では一体何が起きているのか? 新書書き下ろし。

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撮影/古本麻由未 取材・文/髙田翔子 編集/フォレスト・ガンプJr.
*VERY2023年2月号「小泉 悠さんと考える ウクライナ侵攻から一年 子どもと話したい「戦争と正義のこと」」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。